横浜市金沢区HPの「区内の米軍施設関係」というページに、3月25日頃、「平成26年3月20日 【記者発表資料】平成26年度第2回 金沢区米軍施設建設・返還跡地利用対策協議会を開催します」という告知が掲載されました(3月25日に金沢区HPに掲載されていた記述のままです。「平成26年度」というのは明らかに誤記でしょう)。
その3月25日に、横浜市域への米軍住宅追加建設計画の建設戸数を171戸に変更するという発表がありましたが、今回開催が告知された「 金沢区米軍施設建設・返還跡地利用対策協議会」は、たぶん、南関東防衛局の担当者も出席してこの計画変更について「説明」するということなのでしょう。
しかし、金沢区HPに掲載されたこの告知には不可解な点が2つあります。
まず、どうして告知をHPに掲載した日付を「3月20日」と書いているのでしょうか。3月20日には金沢区HPにこのような告知は掲載されていませんでした。何でわざわざ事実と違う記載をするのでしょうか。
3月25日に南関東防衛局長から横浜市長に連絡があったことを受けて、協議会の開催を決めて告知したということではなかったのでしょうか。そうであるならば、その通りに「25日」と書くことに何か不都合があるのでしょうか。
それとも、実際には、3月20日以前に南関東防衛局から内々に連絡を受けていて、協議会のメンバーには20日にすでに開催を告知していたということなのでしょうか。
もしも万一そうだとしたら、南関東防衛局から事前に連絡があったことが知られると不都合だというのでしょうか。
でも、これは私のたんなる推測です。
いったいどうして「20日」と書いているのか。理由が全然分かりません。
もう1つの不可解な点とは、金沢区HPの「区内の米軍施設関係」のところには「平成26年度第2回 金沢区米軍施設建設・返還跡地利用対策協議会を開催します」という文言だけが掲載されていて、3月27日の午後11時の時点になっても、それをいつ、どこで開催するのか、という肝心の情報がアップされておらず、アクセスできない状態になっているのです。
まさか「いつ、どこでやるのかは未定だけど協議会を開催するんです」という「記者発表」をしたというのでしょうか。いくらなんでもそんな「記者発表」はないですよね。
ならば、「いつ、どこで協議会を開催するのかは、市民には事前には知らせません」ということなのでしょうか。
協議会を開催した後になってから開催日時や場所の情報をアクセス可能にして、「お知らせした」ということにするつもりなのでしょうか。
不可解です。
以前もこのブログに書きましたが、協議会開催のお知らせが金沢区HPに掲載されるのは、いつも開催の前日や2日前などギリギリ直前でした。
そして協議会は非公開でおこなわれ、傍聴の希望を申し出ても区の担当者によって拒まれます。
それなのに、南関東防衛局も金沢区もこの協議会以外に市民への説明の場をつくろうとしません。
金沢区の担当者は、協議会のことも追加建設問題のことも市民には知ってほしくないのでしょうか。市民の眼の届かないところで話を進めるというのが南関東防衛局の要請なのでしょうか。
このブログの2012年12月9日の記事に書きましたが、金沢区には「池子(横浜市分)接収地返還促進金沢区民協議会」と「金沢区米軍施設建設・返還跡地利用対策協議会」という2つの協議会があることになっています。
もとからあったのは、「池子(横浜市分)接収地返還促進金沢区民協議会」のほうでした。こちらの協議会には、米軍住宅追加建設に反対の立場の団体の代表者も加わっていて、必要によって「住民大会」を開催することも設置要綱に書かれています。
米軍住宅追加建設問題が浮上した直後、議論の場となったのはこちらの協議会でした。
にもかかわらず、米軍住宅追加建設について中田横浜市長(当時)が国と「協議入り」することを表明した直後の2004年12月に、一部の町内会長さんだけで構成される「金沢区米軍施設建設・返還跡地利用対策協議会」が新たにつくられ、「池子(横浜市分)接収地返還促進金沢区民協議会」は実質的に休眠させられてしまったのです。
しかし、まさに今こそ「住民大会」を開いて、事業の当否について市民が考え意見を述べる場を設けるべきではないでしょうか。
池子の森を破壊して不要な米軍住宅を追加建設することを認めるか否かは、いろいろな意味で市民にとって重大な問題です。
金沢区も南関東防衛局も、市民に開かれた議論の場を作るべきです。
住民自治と民主主義をないがしろにしてはなりません。
まずは金沢区は、「金沢区米軍施設建設・返還跡地利用対策協議会」の開催日程を事前に公表し、傍聴を認めるべきです。
