45年前の今日11月7日は、私が世界一周に出発した日。それを記念して「もう一度…」とも考えたが、仕事の関係で時間がとれないため「名古屋から東京まで自転車で向かう」ことにした。
とにかく行けるところまで!あの時の不安と期待とドキドキ感に浸りたくて!
とは言え、9日には名古屋に戻らなくてはいけない現実。世界一周は50年記念を迎える70歳までとっておこう。
今日は自宅のある北区成願寺前7:00出発、まず目標は浜松辺り。なんと言っても65歳だからね!とにかく無理をせず、でもあの時の気力と行動力を思い出しながら頑張るつもりです。
回想録1【日本からヨーロッパへ】
45年前の今日11月7日、横浜からソビエト連邦の極東部ナホトカに向けて船で出発。見送ってくれたのは、大学の同級生の高柳君(群馬県高崎市出身)と米谷君(北海道函館市出身)。
とにかく不安と期待と入り混じって、仙台から来てくれたのに礼も言ってなかったな。改めて、あの時は本当にありがとうございました。
「なんで一緒に行かないんだよ」って気持ちを胸に、船のデッキから二人の姿が見えなくなるまでいたよ。まだ20歳の大学2年生、寂しいのが本音だ。
当時は1ドルが360円。1人が両替できる限度額の200ドル(72,000円)を持って出国したな。(当時の日本は外貨獲得の為、持ち出し制限があった。)
12月末頃まで約2ケ月間はヨーロッパ全土を回って歩き、ロンドンで最初のアルバイトを経験。そこでシェアハウスした新井さん、今は北海道中標津町で農業委員長を務める酪農家だとか。
それからスイスのチューリッヒでも働き、北アフリカなどを回って翌1971年夏にはアメリカのニューヨークへ!
回想録2【ヨーロッパからアメリカへ】
ニューヨーク到着後、中南米やカナダを回り再びニューヨークに戻り3ヶ月ぐらい鉄板焼きのアルバイト。あの時の仲間、ロスアンジェルス在住の口田氏とは連絡がついて、今でも時々会う付き合い。松本君はサンディエゴで日本料理店を経営しているそうだ。
その他のみなさん、私は「イケダノブナリ」です。
また、お父さんから1970年前後の世界旅行話を聞いたことがある人。
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今日は静岡県の浜松まで行く予定だったが、豊橋からの県境で前照灯が上を向いたままで対向車には見えるけれど、こちらからは前の道路の起伏が見えない!後ろからくるトラックの前照灯で影になりよけい見えない、仕方なく手にもってユーターンし豊橋泊にした。しんどかった。おまけにお尻が痛い、尾骶骨とゆうかお尻の両側の骨が痛い?このまま東京まで行ったらお尻の皮が剥けるのではないかと心配だ。狩猟歴30年アラスカやカナダで一日10時間など平気で歩き、足には自信をもっているがお尻には自信がない。気力と行動力は45歳と思っていたが、お尻は65歳か?
明日は早く出て、静岡県の三島まで行ければいいか!