に~ももたいむず 三叉神経55時55分 (雅没徒第5番ヘ短調) -39ページ目

に~ももたいむず 三叉神経55時55分 (雅没徒第5番ヘ短調)

チームFm 
神:林仁愛(研修生35期→Juice=Juice)
仏:北原もも(研修生30期→OCHA NORMA)
聖:石井泉羽(つばきファクトリー)
仙:
レジェンド 保田圭 稲葉貴子 アヤカ 浜浦彩乃  川村文乃



北炭生(きたずみせい)は 1951年10月13日生まれ
北海道出身で沖縄フォーク村などで活躍し
1975年に 生きていようよね でデビューしました。
こがらし は最高傑作とも言える曲で
詩の説得力 曲の覚えやすさ 声の透明感
どれをとっても素晴らしい

浜浦彩乃は2000年4月26日蜀の池下村に生まれた。
文武ともにさして目立たなかったが
その愛くるしい容姿はそれなりに評判になっていた。

この頃はモーニング帝国が分裂し戦乱の多い時代であったが
池下村は山奥にあるせいか比較的平穏であった。

彩乃は池下村塾に乳塾した。


池浦凪:わしが池下村塾の塾長 池浦凪 じゃ

浜浦彩乃:作者が登場するんですか

池浦凪:せっかく書くんじゃから歴史に名を残さんとな

浜浦彩乃:よろしくお願いします。


成績は大したことのない彩乃だったが
たちまち塾のアイドルとなってしまった。

このまま彩乃をここにおいておくのはまずい


池浦凪:そなたはこのような田舎にいるべきではない
    世界の中心ザナルカンドにあるザナル学院へ行け


浜浦彩乃:世界の天才が集まるというあのザナル学院ですか
     私がそんなところに入学できるわけがありません


池浦凪:大丈夫だ そこはなんとかしてやる

浜浦彩乃:あなたにそんな力があるんですか

池浦凪:作者にできないことはない

浜浦彩乃:確かにそうですね フィクションってすばらしい



こうしてザナル学院の11期生となった彩乃は
決して高くはない学力を努力でカバーし
傑出した容姿が注目される存在になった。
そして蜀の歴史を研究するうちに
桃蜀の皇帝桃子を崇拝するようになった。



<解説・あまり知られていない作者の秘密>
1982年に池下で塾をやってたことがあります。
当時はまだ風営法の施行前で
ゲーセンや雀荘で夜を明かすことができました。
当時の池下は現在とはだいぶ雰囲気が違いました。

1999年にネットでチャットが全盛だったころ
乱入しやすい いけ というHNを使いましたが
保田圭の圭をひっくり返したというだけでなく
池下への思いもあったのです。

古参のハロヲタの方なら池下にあった
愛知厚生年金会館を覚えているんではないでしょうか 
だいぶ涼しくなってきて
冷房なしで寝られるのもそんなに先ではないかも
あんまり寒くなるとめんどくさいけど

爆弾低気圧が発達中のようで
これから荒れてくるのかな



名前変えてみた(w)


2005年4月27日発売。モーニング娘。26枚目のシングル。
1期生の飯田圭織が25枚目で卒業しましたから
この時点でオリジナルメンバーはいなくなったんですが
さらに10年たってこのときのメンバーも
現在は1人も残っていません。
メンバーの入れ替えをしながら
女性アイドル系のユニットが
20年近く続いている。 というのは
たぶん前例がないでしょうし 今後も難しいと思います。

この曲セリフが大阪弁なんですが
いろんなユニットの大阪出身じゃないメンバーが
ソロで歌うことが結構多いように思います。


Berryz工房の26枚目のシングル(2011年6月8日発売)なんですが
最近こぶしファクトリーがイベントなんどでよくカバーしています。
最後のほうで1オウターブ上で歌うところがありにですが
佐紀ちゃんパートは広瀬
桃子パートは浜ちゃんが歌ってるようです。