お父さんへ。
私事です。
もうそろそろ2ヶ月になります。
4月3日、朝4時、令和を前に
父が亡くなりました。
小細胞肺癌でした。
父の性分で入院中も
看護師さんに迷惑かけられないって
出来る事は自分でやろうとして。
昔からそういう人でした。
癌と診断されて2ヶ月もたたず
逝ってしまいました。
母が亡くなって9年。
なんでも自分でやって頑張ってました。
もっと親孝行してあげれば良かったと
後悔してます。
父がまだ元気な時に
家を建て替えて一緒に暮らそうという
事に話は進んでいたけど、一旦保留に
してました。
悩みました。
でも父は病床でも「家の話、進めろよ。」と言ってくれていたので
建て替える事に決めました。
それから遺品整理にバタバタ中です。
手入れが出来なかったので
延び放題になってしまいましたが
父の自慢の紫陽花です。
最期は出来なくなってしまいましたが。
コレも建て替えるとなると
無くなってしまうなと
私が中3から住んでいた思い出の
実家を写真におさめました。
片付けていると懐かしい写真も
沢山出てきて愛されて育ったんだなと
両親には感謝しかありません。
沢山の愛情をありがとう。
大好きなお母さんに逢えたかな?
ケンカしながらも仲良くね
私達家族と妹家族を見守ってね。
さよなら平成。
令和元年ですね。
2日たったけど平成を振り返って
みました。
私ごとなので長いな~と思ったら
やめちゃってくださいね
30年。
いろいろあったな~
忘れもしない。
昭和最後の3日前。
当時、不倫していた人がいて。
もうダメだダメだ。
終わりにしないと…。
泣いてる私を友達が慰めてくれた。
そんな3日後、昭和天皇崩御。
あ~昭和が終わるんだ~。
激動の時代だったのだろう。
でも戦後生まれの私には
子供の頃は古き良き時代だったな。
あれから30年。
平成を振り返る番組みて
あれ、これって昭和じゃないんだ~
ってのが結構あったな~
私的には遊んだな~
バブル世代だからね~
平成8年に結婚して。
暫くは子供も作らず相変わらず
仕事と遊びで
でも、そろそろ子供が欲しいねって
なって子供を授かり
自分なりに両親の多大なる協力のもと
仕事と子育てをしてきました。
子育て中、子供とテレビを見る中で
「おかあさんといっしょ」の広道お兄さんや「仮面ライダー電王」の佐藤健にハマり最終的には相葉雅紀にハマり嵐にハマる訳ですが
旦那さんともいろいろあり、
子育てにも悩み、子供が小2の時に
初めての試練、母が亡くなりました。
その後も、悩み、苦しい時もありましたが嵐に支えられていたのは事実です。
テレビで彼らを観てるだけで忘れられるんです。
popcornツアーで初めて生嵐を見て
「あ~この人達って実在するんだ~」
って思いつつもDVDを観ている感覚だったのも事実でしたね
子供が中学生になり受験を意識し始め
中3の夏休み。
旦那に自分は膵臓癌だと告げられ…
怖さを一瞬でも忘れたいと思い
懸命に生きている彼のお父さんが
亡くなり、葬儀を取り仕切り
その8ヶ月後に亡くなりました。
シングルになり子供と頑張って
生きていかなきゃと。
今年に入って
「嵐、活動休止」の衝撃発表。
それから2ヶ月後に令和を前にして
実父が亡くなりました。
離れて生活していた父でなかなか
会いに行けなかったけど
母が亡くなって9年間ひとりで
頑張ってました。
もっと支えてあげれば良かったと
後悔はあります。
私にとって平成は
新しい生活が始まり妻となり
子供を授かり母となり
嵐と出会いヲタとなり
そして大切な人との悲しい別れが
続きました。
波乱万丈な時代だったな~。
でも全て必然であり、これから
どんな生き方をすればいいのかを
教える為の試練なんだろう。
でも相変わらず、のほほんと生きている私を改めなくてはいけないなと。
その為に平成を振り返ってみようと
久しぶりに更新してみました。
令和元年を迎え
これからどんな未来が待っているか
わからないけど
頑張って生きていかなきゃな~。
皆さんにも
素敵な時代になりますように。
最後までお付き合い頂き
ありがとうございました
病院選びの大切さ。
主人が昨年夏、他界してから
7ヶ月。
今度は父親が肺がんを患い
かかりつけ病院から
とある医療センターに紹介状を持って
行きました。
そこでの対応が最悪。
約1ヶ月入院しましたが
ただ痛み止の処方のみ。
食べる事も水分も取るのも
儘ならないなか、
明日は頑張って食べますからと言う
患者に対して「そんなに頑張らなくていいよ」と言い、そんな状況の患者に
対して点滴など一切せず。
主治医は私達家族とはまともに
話もせず逃げてばかり。
厄介払いしたいのか転院を
勧められ有名な総合病院へ転院。
そちらでの対応があまりにも
雲泥の差だった事に驚き。
まず先生の対応。
食べられないのは患者のせいじゃ
ない、病気のせいだから。
辛かったでしょう…
食べられてないなら点滴しようと。
診断の結果、脱水症状になってると。
入院していて脱水になるって
あり得るものなのか?
血液検査の数値で出来ないと
言われていた検査も
この数値なら大丈夫と
していただきました。
また同じ科の別の先生も
分かりやすく説明してくださり
無治療の選択もあるけれど
その選択をするのはまだ早いと。
先生もきっと治療が厳しいのは
わかっていただろうけれど
その言葉に涙が出た。
看護師さんも
大変だったね~辛かったね~と
励ましてくれたり、何度でも
呼んでいいからねとか
ベッドのマットレスも床擦れ
出来ないように変えましょうかとか
この差はなんなんでしょうか。
今の病院に感謝を感じると同時に
前の病院に対して腹立たしくて
更新してしまいました。
皆さんも病院の選択は難しいとは
思いますが慎重に選択する事を
お勧めします。

