ここは小さい学校です。 | ザクロえびのケセラセラ

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ベトナムで三年間日本語教師従事後帰国、
2017年に20歳離れた年上の日本人の旦那様と結婚し、
ドタバタ結婚生活が始まる。
心の成長を目指す ザクえび の徒然日記。

ここは、


日本へ留学する前に通う、


ベトナムにある小さい日本語センター。


日本人は4人。ベトナム人の先生は7人。


留学生は最短4か月、最長1年ぐらいここに通う。


朝8時から午後4時半まで。


土曜日隔週休みで、毎日6時間、日本語を勉強する。


そして、この度、7月出国生が、卒業した。


ゼロから日本語を始め、上達する人は半年で3級を取得する。


クラスを担当していても、学生はベトナム人の先生達とのほうがつながりは強いし、


とくに泣くほどのものでは。と思っていた。


しかし、たった半年でも、通過でしかないセンターでも、


こんな、あたしに、「先生のおかげです。ありがとうございました。」なんて言ってくれる。


覚えたばかりなのかもしれない。


「今まで、よく頑張ったね。日本でも、頑張ってね。


いつも笑顔で。あっ、一人で頑張りすぎないで、悩んだときはいつでも連絡してね。」


「はい。はい。」と言って抱きしめる。

私の肩で泣く学生。彼女はまだ19歳。


ここを卒業しても、終わりじゃないんだ。

ようやく日本で生活するためのスタート地点にたっただけなんだ。


そして、日本語学校に2年通って、卒業…じゃない。


また、そこから、進学や就職などのスタート地点に立ったに過ぎない。


そして、進学して就職して…いつも、いつも 何かのスタート地点に立つ。


ゴールは遠くて、見えない。


頑張って、あきらめて、休んで、また何かに影響されて奮起して、問題が起きて、毎日に毎日に圧されて、


やっと、ゴールに着いたと思った瞬間、ゴールテープはどこかに消えてしまう。


まるで、初めての水泳の時、プールでお母さんが私の方に手を伸ばすけど、


届きそうで届かない距離を保っているかのようだ。


止まったら沈むと思って、私たちは必死で足をばたつかせる。



ゴールのために生きているのだろうか。


そもそもゴールなんてあるのだろうか。


ないような気がしてきて、、、。

今さら、ようやく、はっきり気がついた。

終わりは初めへの橋だってことを。

ならば、経過を楽しんだ方がいいのではないか。


楽しむといっても、怠惰に過ごすという意味じゃない。



『頑張って、あきらめて、休んで、また何かに影響されて奮起して、問題が起きて、毎日に毎日に圧されて…』


を小説を読むように、噛みしめながら生きる。


本当は止まって、浮いている方が、青い空を眺められるのかもしれないのだけど。

やり方がまだわからないから。


学生達を見ていて、そう思った。


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