日本のサブカルチャーは世界的にも
有名である事は言わずもながらの事。

重宝すべき国の財産にして良いと思う。
もっと国でそれをサポートする姿勢を見せると
国財力が多少なりとも高まるであろうに。

サブカルはビジネスと密接に繋がっているので
わかりやすい。
つまり、需要が高いのだ。
取っ付きやすい芸術運動の流れの一つと
受け入れていいのだろうと思う。



しかし、今回私が主張しておきたいのは
その流れはいつか別の形をしていくという事だ。
永遠に流行り続ける芸術の形など無い。
時代は刻一刻と針を進めている。

サブカルをサポートするならば、たとえ変化が訪れた時も
世界で日本が新しい流行を発信出来る存在で居続けるために
どうするのかを考えるべきである。

芸術の流れとは常に変わりゆくものだ。
50年後に何が主流になるかを考えていかなければ
今やっている事がその時になって
評価されない可能性もある。

例えば、今ある作風がはやっているとしよう。
それが絵画であろうが写真であろうが小説であろうが
なんでもいい。
それは果たして50年後にはビジネスとして
使い物になるのだろうか?

芸術活動とは一概にひとまとめにするべきものでは無い。
プロになるという事はその技術で食べていくという事だ。
個人表現を楽しみとだけとらえる”趣味”とは大きな差がある。

時代に乗せられている若き者は時に危険かもしれない。
未来など私たちに予知する事は出来ないが
表現の幅を広げておく事は
時代がいくら変わろうと、
そこに適応する能力が備わっているものである。

何も保険をかけろという意味では無い。
幅を広げる事が時代の先駆者になりうるという事だ。
そうで無いのに一躍有名になっている者は
とてつもない強運の持ち主である。ただそれだけだ。




「時代は繰り返される」とはよく耳にする。
古き物に学べば、新しい時代を担う側になりえるかもしれぬ。



温故知新とは全く偉大な言葉だなぁ。