今年一番の春日和。

敷布団、掛け布団を太陽にあてる。
少したまっていた洗濯物と一緒にシーツも洗う。

最近お気に入りの洗剤はファーファ。洗剤・柔軟剤共にとても好きな匂いだ。

しっかりと洗濯された真っ白なシーツを
物干し竿に干すのが好き。

なんだかとてもスッキリするのだ。

心も洗われた感じがする。

今日は洗いたて&干したての寝具達で眠るのが楽しみだ。


本日の1冊 

さくらももこ「おんぶにだっこ」

$架空カフェbobo-おんぶにだっこ

さくらももこと言えば爆笑ほのぼのエッセイのイメージがあるのだけど
この本は少し違う。

彼女が幼少期に感じていたことや記憶、出来事のあれこれ。

読みながらぐっとくる箇所もいくつかあった。

私が特に共感したのは最後の「松永君をぶった」。

自分でも分かってるんだけど、相手を傷つけてしまうことってあるんだよね。
そして相手が傷ついた顔を見た時に、
ハッとすると同時に自分も傷つく。


私が小学校3年生の頃、祖母が痴呆症となった。

トイレに行くと、水を流すという感覚がよく分からなくなるようで
排泄物を触ってしまうのだ。

私の夏休みということで我が家に久しぶりに遊びに来ていた祖母。

その頃「痴呆症」という言葉が今よりも世間には出ていなかった。
しかし病院で家族はそのことを知っていたのがせめてもの救いだったと思う。

「トイレはいつもついててあげてね」と母からの伝言もあり
ついていたのだが、
何度「おばあちゃん、それは汚いから私が流すから」と伝えても、
ふと目を離したすきに排泄物を触ってしまっている祖母。

もう何度めかになった時、
毎回トイレについていくのも面倒で本当に嫌になってしまった。
目を離せば触っている。いい加減にして欲しかった。

そして「なんで触んのっ!!」とおばあちゃんの背中を私はぶったのだ。

軽く叩いたつもりだったが、
バシっと強い音がした。
小さく丸い背中、思ったよりも痺れた私の右手。

おばあちゃんは「ごめんね。ごめんね。おばあちゃん分からなくて。」
と言っていた。

私は何てことをしてしまったんだろうと
本当に悲しくて「おばあちゃん、ごめんなさい」と泣きながら何度も謝った。

おばあちゃんを叩いてしまったことは
母に言えなかった。

おばあちゃんも何も言わなかった。
叩かれたことも忘れてしまったのだろうか。

私は覚えてると思う。


あの時、どうして叩いてしまったんだろう。
どうして水を流すだけのことができなかったんだろう。


誰かを叩くための手ではなく、
誰かを抱き締めるための手でありたい。


そのことをふと思い出す。