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ブログ再スタート2回めにしてネガティブなテーマの記事を書くが、
私はtwitter、Facebook、instagramなどの友人向けSNSが好きではない。
友達の使用頻度が高いインスタに関しては、「一応友達用」と「自分の趣味を存分に閲覧する用」とで分けている。
これまで友達同士で「インスタやってる?」「タグ付けするよー」という会話になっても、「やってないんだよね」の一言で片付け
”SNSやらない主義”を貫いてきたが、あまりにもそれが主流になってきたので限界になり、渋々「友達用」のアカウントを作った
(ちなみに趣味用は2014年から、と一般に普及した当初から開設していた)。
友達は多い方で、自分のこれまでの人生を色濃く彩ってくれたコミュニティーが数多くあり
今後も付き合いを大切にしていきたいと思う反面、
「広く多数に発信するSNS」と「一対一の繋がりで成立している友達関係」は真逆のフィールドであるがゆえ、
うまく掛け合ってない時が往々にしてあり、それは身近な人を簡単に傷つける刃と化す。
その例の一つして、”近況報告”がある。
「彼からプロポーズされました♪」「報告遅くなりましたが付き合ってた彼と結婚することになりました」
こういった喜ばしい投稿は、あろうことか身近な友達の心をえぐることがある。
こんなこと容易に想像がつくはずだが、
発信する側は、あまりにもルンルンで周りが見えていないのか、
「きっと友達も祝福してイイネをたくさんくれるはず」としか頭が回っていないのか。
(傷つく人がいるだろうと理解した上で投稿しているとしたらこんなにも猟奇的なことはない)
みんながみんないつも幸せなわけではない。
現に、「相思相愛だと思って体の関係もある人に奥さんがいるっぽい」など、悩みを抱えている人は
この歳になると数人いる。
そんな人がこの投稿を見たらどう思うか。
仲の良い友達が数ヶ月会っていない間に、上記のような境遇に陥っているかもしれない。
不妊治療を続けている人にとって、溺愛する子供をインスタに載せまくってる投稿を
どんな気持ちで見るのか、考えたことがあるのか。
「嫌なら見なければ良い」という考えがあるが、それは芸能人や公に発信している人に批判の声を上げる人に対して使うべき表現で、
親しい人同士で形成されているアカウントなら、受け取る側を慮るべきである。
これは「見る側」ではなく「見せる側(あえて言うなら見せつける側)」への苦言だ。
私はやけに慎重で、良く言えば「友達想い」というワードで集約したいが、
自分の放った近況報告が、無意識に豪速球となって相手の心をぶち抜き、ボコボコに傷つけているかもしれないと考えると、
こんな残酷なことはないと思う。
「友達だもん、嬉しいことは共有しないと♪」って、そんな綺麗事で全て済ませられない現実もあるのだ。
どうしても身に起こった歓喜を爆発させたいなら、
「あなたからのプロポーズが最高に嬉しい!!」と当事者同士で盛り上がるに留めておくだけにはいかないものか。
勝手に数年ぶりにブログ再開。
どのくらい続くか分からないし気が変わって更新しなくなるかもしれないけど、自分のために再スタートします。
誰も読んでないなら手元の日記でいいじゃん、となるところをあえてブログにするのは
自分のアウトプット力を高めたいから。
誰も読んでないのは分かりながらも「誰かの目に留まるかもしれない」と少しの緊張感を持つことで、
自分なりにきちんとした表現・体裁を保とうと気が締まる。
そんな自分に期待をして、この状況を再び創ることにした。
最近、自分の表現力、語彙力があまりにも稚拙すぎるのではないかと不安になっている。
感嘆したことはなんでも「すごい」で片付け、
どうして心が動かされたのか、「おもしろい」と思ったことは何がどう面白いのかなど、
誰でも言えるワードを並べて表現するのみ、自分の言葉でうまく表現できていないことに危惧し、焦りともどかしさを抱いている。
自分の自由な時間を最大限に活かせる今、
勉強と称して本をむさぼり読んでいるところだが、
ただ読んだだけでは表現力の向上にはならない。
誰か読者がいる設定で、本のレビューや自分が興味があるお笑い番組について
自分の言葉でまとめ、一方的に発信することで、技術の研磨向上を図りたいと思っている。
これが今の自分が思いつくベストな方法だが、
他に妙案があればすぐさま移行したい。