もしかしたら周りより速いかも?という自信が密かにあった。




高校3年間を自転車通学していたからだ。さらに通学経路は激坂の連続で、家に帰るためではなければ毎日この坂を登るような人はいなかっただろう。



その自信がさらにロードバイクブームに肖ることとなった。



気づけばネットオークション、フリマアプリを毎日開いていた。





中古を買うことは決めていた。後先考えないタイプでも、少し後のことくらいなら考えつく。




最終的に高価な物に手を出すにしても、いきなり何十万は出せない。






写真は真っ白なロードバイクでサイズを調べたところ少し小さいと言ったところか



『目立った傷等はありません。問題なく使用できます』と書いてあるが、手に渡ってさえすれば、『あくまで個人の見解ですので、ノークレームでお願いします』で済まされる。



はたまた、音信不通になりクレームさえ届かなくなることだってできる。



逃げる手はいくらでもある。



だいたい顔も見たこともない相手を、いきなり信用してくれと言われても無理な話だ。



購入をすぐにしなかったのは、買った少し後のことが見えた大人な判断。



一応金額も確認しておくか、


ん??さっきより2千円安くなったか?


え?お得なのか?そもそも定価はいくらだ?


ポチッ!



いきなり信用するのは無理とは言ったが、人を信じてみるのも悪くない。





定価を調べたのは購入後になった。





2週間が過ぎたころ、相棒は届いた。





大きなダンボールを見た時、物語が始まると確信した。





まぁ、ある意味物語は始まった。





少し分解されてあるロードバイクはすぐに組み立てることができた。




早速、外に出ると爽快にまたがった。



乾いたチェーンからなる、今にもキレそうなキュルキュル音、



少し歪んだようにも見える前輪、




全くかからないブレーキ、




フレームを見ると見逃せないくらいの大きな傷、




そして何よりサイズが小さい!!!






なんだこれ?





初めて乗るにしても、明らかに小さいことはわかった。




えっと?なぜこれを買った?






ふと、自分に問いかける。








悔しかった。






後先を考えて買ったつもりが、購入した瞬間のことはあまり覚えていなかった。






すぐに家に帰ることにした。




丁寧に顔色を変えずに、ダンボールに戻していったが、『もう顔を見ることはないだろう』とお互いが悟っていた。









相棒との別れであった。





3日経たないもないうちに、引き取り相手が決まった。




顔が見えず信用できなかった相手の説明文は、やはり人を惹きつける才能があった。






値段は購入時よりも安くしたため、一万ほど損したが別にどうだってよかった。






購入者は、サイズも調べた上での購入であった。








当たり前のリサーチができる人であった。







相手は高校生であった。











悔しかった。





問題なく取引を終えた。





2度の過ちを繰り返さぬよう慎重に時間をかけて次の相棒を購入した。






失敗して学ぶ。



大事なことである。





購入後も受け取りまでに、何度もダイレクトメールで確認したいことを聞いたりした。




今回は上手くいきそうだ。




直接受け渡しを希望していた購入者と、スムーズにやりとりが流れ、あっという間に受け取り当日となった。





楽しみからなのか、予定よりも10分ほど早く着いてしまった。






待ち合わせた場所は、お互いの家からおよそ中間地点くらいの場所にした。





『予定よりも早く着いてしまいました!笑』




などと待ち遠しさが隠しきれないこんな文章を送っていた。


相手も可愛いやつだなと思っていることであろう。





連絡を待っていると、一台の駐車車両から女性が現れた。



30代後半といったところか、ぽっちゃりしていて化粧の濃い人であった。おばさんと言える。




距離にして15mくらいといったところか、すごく視線を感じた。




私は考え事をしているように、携帯に目をやった。



実際に考え事が始まっていた。



なぜそんなにこちらを見ているのだろう。





ひょっとして?






あの人が取引相手ではないのだろうか?





メールでの印象は男っぽかった。




しかし、言われてみればユーザーネームは、"おもち"さん。




女性の可能性だってあり得る。





そうか、私よりも先に既に待っていたのか!




考えた末、車に近づいてみることにした。





車の前で正面に立った時、お互い声は出さずとも分かった。






この人(取引相手)だ!







コミニュケーションを取らずとも、貴方ですか!という顔をしたからだ。








おばさんは、手で助手席に乗るように促した。






車に乗る?




少し疑問が浮かんだがすぐにそれは解決した。


おばさんの車は軽自動車であったため、きっとロードバイクを載せきれなかったのだろう。



そこでロードバイクがある自宅で、最終的な受け渡しをしようということなのか!





頭は冴えていた。




答えが出た時には、助手席に座りシートベルトまで締めていた。





おばさんも運転席に乗り込んだ。

しかし、しばらくするもアクセルは踏まれないままであった。








沈黙が続いた。







……







ん?






ん?











いや、根本的に浅かった私の推理を一旦忘れてある一つの素朴な疑問が浮かんだ。















この人で合ってる?














何で今まで気づかなかったのだろう。ロードバイクのことで頭がいっぱいでも、こうはならないだろう。




後先を考えずに購入して反省した時を思い出していた。




何も変わってないじゃないか。





反省する気持ちとは別に、この状況を冷静に分析していた。






知らない人の車の助手席に乗り込んでいる。







恐怖がこみあげてきた!





どこに行くつもりだ?




何が目的だ?




わからなかったが、僅かな望みをかけて初めて話しかけた。












えーと、自転車の…方…?






『あ!あ?え?え?違います!!』










違っていた。私はすぐさま車を出た。

『違います?』ってだったら貴方は誰なんだ。

そして、そっち側の焦りはどこからからきてる何なんだ?





そもそもなぜ他人を手招いた?






降りた後も、車は動こうとしなかった。頼む、恐いからどこか行ってくれ。





と願っていた矢先、本物の取引相手と合流した。






"おもち"さんは男であった。

無事にロードバイクを受け取り、間もなく私は帰ることにしたが、一度も振り向きはしなかった。




おばさんがとった行動は未だに謎であるが、彼女もきっと何かしらの後先を、考えず行動してしまったのだろう。








2台目の相棒は実に絶好調である。これからもマイペースに乗っていくつもりだが、冒頭に書いた密かな自信はあっという間に無くなっていた。