大学の友だちと大阪に旅行に行ってきましたー
大阪だったらおじいちゃん家あるし
格安で楽しめる!
おじいちゃんにもおばあちゃんにも
いとこにもみんなに会える!
わーい
と思って
片道12時間かけて夜行バスでいきましたよー
案の定おじいちゃんもおばあちゃんも歓迎してくれて
たくさんよくしてくれて
友だち連れてきてよかったなーって、
おじいちゃん喜んでくれてるし
友だちも気兼ねせず楽しめそうだなーって、
思ってたんだなあ
おじいちゃんとおばあちゃんがその日
2人で温泉旅行に出かけた
別れ際に、駅で
行ってらっしゃい楽しんできてね
って言って別れたの
おじいちゃんとの最期のお別れだったよ
今までとっても身近な人が亡くなることは
あんまりなかったから
小さいころから 自分の死 に対する
漠然とした恐怖ばっかりがふくらんで
死ぬのが怖い しか頭になかったけれど
今回初めて
人の死を心から悲しんで
生き返ってほしいと願って
頭の中がいっぱいになった
周りを見渡したら、
わたしの頭の中にいるみんなよりも
みんなはもっと変化していて、
生きているけど
なんだか 死を感じさせられる。
実家にいるばあちゃんは杖を使って歩いてた
お父さんはお腹が出て白髪が増えてた
同じように私も変わったと思う
昔、死への恐怖とその感覚を人に話したら
とても興味深いと言われた
小さいころからその感覚を持ち続けているみたいだけれど
この先大人になっても
年齢を重ねても
同じようにこの感覚を味わうのかなあ
ってなんとなーく聞かれた
どうなんだろうと考えたけれど
その時は恐怖でいっぱいだったし
死に近づいていくばかりなのに
そんなことはないと思った
でも今、
その感覚がだんだん薄れてきている気がする
年齢を重ねたから?
忙しいから?
愛されているから?
んー、わかんないけど
消えることはないと思うなあ
昨日だって必死で違うこと考えたし
コントロールができるようになってきたのかなあ
いずれにしろ
こんなことばっかり考えていた私の
死を悼む行為
わたしにとって大きな気づきだったと思う
たまたま訪れた大阪
偶然が重なって重なって
おじいちゃんと素敵なお別れができた
みんなの変化をちゃんと見ていきたいから
これからも暇ができたら遊びに行く。
実家に帰ろうと思うのは
こんなきっかけがないと
思えないのかなあ
失ってから気づく
よく言われるけど
その通りかもしれない
友だちには大変な思いをさせてしまったけど
いてくれて本当に良かった。
ありがとう*