独り言のブログ -2ページ目

独り言のブログ

ブログの説明を入力します。

 この4月目めでたく教職を退いた。現役最後の数年の中で、よく言われていたのが「教員の資質低下」という言葉である。しかし・・・本当に今の先生の資質は本当に低下しているのだろうか?

 私にはそうは思えない。確かに様々な教育現場を経験する中で教員に相応しくないと思われる先生に遭遇したのも事実である。

 敢えて一般的に「教員の資質が低下した。」という事を肯定するならば、それは相対的なものであり、絶対的なものではないと思う。

 自分の小学校や中学校時代の事を振り返ると、学校の先生方は正に「教科・領域指導」に熱を入れる時間があり、本来、家庭教育や社会教育が担うべき事を学校が指導することは少なかったように思う。また、今のように「エイズ教育、情報教育、金銭教育、郷土教育・・・・等々」のような教育指導を数多く学校に求められる事は無かった。確か教育には時代の変化や社会の問題に対応できるだけの能力を身につけさえる事は責務であるが、それは学校教育の場だけではなく、家庭教育や社会教育にも求めるべき事である。しかし、現実、学校教育にその多くの部分が求められ、現場の先生方は教科・領域指導のみならずそうした教育への対応をせざるを得なくなり、そのために費やす時間はかなりのもになっている。だったら、教科・領域の中にそれを取り込むような工夫をせよ! という声もあるだろう。それにしてもめまぐるしい社会の変化の中で、多様な各種教育に対応していく事は実に困難である。

 加えて、今の学校の先生方には「ゆとり」が無い。「ゆとり」というと時間的な事を思い浮か、べるが「時間」ではなく、心の「ゆとり」である。ゆとりの無さが児童生徒を十分見る目を失わせいじめ等子供個々や集団に潜む問題を見落としたり、心の疲弊が様々な問題や精神的な苦しみを生み出したりする。本来、健康な子供を育てるためには教えるべき先生が「健康」でなければならないのに、実際のところは先生はあまりにも忙しすぎて先生の肉体的・精神的健康は損なわれていると言っても過言ではない。考えるべき事が多すぎ、増加する事務処理対応、児童生徒の生活行動記録の点検や学級経営簿への記録、、決して疎かにできない日々の授業研究と準備、加えて中学校では部活指導、時には難しい保護者対応や生徒指導対応・・・一般的な現代中学校の先生は12時間以上の勤務や仕事を行っているのが現実である。つまり時間的ゆとりなさだけでなく、こうした多くの事や、時には心悩ませる事に対応することで心の「ゆとり」が無くなっていくわけである。

 こうした背景から「相対的」な資質低下(低下という言葉は本当に適切かどうかは疑問だが)はあっても、かつての教員(少なくとも自分が教員になった当時)の資質と比べて劣っているは言い難い。その意味で「一般的教員において絶対的な資質低下は認めらえない」と私は感じている。

 教員免許更新制度(私は立場的にも年齢的に幸い講習を受ける機会はなかったが・・)は本当に教員の「資質向上」につながっているかはこれまで述べてきた見解において甚だ疑問である。