ステイ・ホームで、繰り返し視聴したのが、アルゲリッチの弾くチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。それも、2001年別府アルゲリッチ音楽祭における演奏。NHKがハイビジョンで収録したものをブルーレイ化してくれていた。指揮はまだまだ若手だった頃のアントニオ・パッパーノでこの曲は初振り、オケは東京藝術大学の学生オーケストラと、やや共演者として力不足?それにギックリ腰をおしてのアルゲリッチと不安材料だらけながら、それを払拭する演奏をきかせる。

 

 アルゲリッチのこの曲の演奏は、キリル・コンドラシン指揮のものにはじめて接し、次いでクラウディオ・アバド指揮のものがアルゲリッチの速さを見事にサポートしていてお気に入りだった。この2001年の演奏では、冒頭のホルンから力強く、それに呼応してアルゲリッチも豪快なタッチで弾きはじめる。第1楽章途中、ピアノの入りの導入のオケのテンポが遅かったのはリハーサルができなかったためかと思ったが、第3楽章では出だしから高速で進み、オケからピアノ、ピアノからオケへの受け渡しも畳みかけるように見事で、壮大なフィナーレを形作る。
 これを鳥肌をたてながらきいていたところ、8月7日(日本時間)、Francemusiqueで昨年のプロムスにおけるダニエル・バレンボイム指揮ウェスト・イースタン・ディヴァン管弦楽団の演奏会(2019年8月12日ロイヤル・アルバート・ホール)の放送があり、アルゲリッチがチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を弾いているということを知った。前述別府での演奏が60歳を前にしてのもの、最近は室内楽やベートーヴェンの協奏曲は弾いてもこういう体力いる曲はもう弾かないのではないかと思っていたので、78歳でどんな演奏を?と大いに興味をそそられた。
 さて、その演奏だが、印象は総じてゆったり落ち着いた感じ、年齢相応かなんて失礼なことも考えた。それでも美しいところは一層美しい粒立ちで聞かせるし、流れるようなパッセージの速さは健在。同郷の気心知れたバレンボイムの指揮ということで指揮者に委ねた部分もあるかもしれないという感じのテンポ設定。第3楽章も出だしは駆け足ではない。だがここは私のテンポというところではアクセル全開、オケもそれに合わせていく。そしてフィナーレは怒涛の勢いで終わる。第1楽章の終わりもそうだが、最後の和音に溜をつくらず一気呵成に最後の音にたどりついたのは心地よかった。

 

 歳はとってもアルゲリッチ健在という印象をもった。なおこの演奏は下記からしばらくアーカイブがきける。
https://www.francemusique.fr/emissions/le-concert-de-20h/une-soiree-avec-martha-argerich-85891

 

 

 今年前半の最も注目のコンサートといっていい、この公演も中止が決まった。昨年の初来日で素晴らしい評判をとり、この度はベートーヴェンイヤーということで、ムジカエテルナ合唱団も伴って第9まできかせてくれる。何としてもきかなくてはと13日のチケットをようやくとったのだったが、先日のアルゲリッチ&クレーメルにつづき払い戻しに。完売だったと聞くので、招聘元のKAJIMOTOは大変だと思うが、何とかもちこたえてクラシック音楽の灯を消さないでほしい。

 話題になった2017年ザルツブルク音楽祭でのモーツァルトの「レクイエム」が、4月26日BSプレミアムのプレミアムシアターで再放送される。あらためてこの演奏をききながら再訪を待ちたい。

 新型コロナウイルスの影響で、3月14日夜、山形テルサホールにおいて無観客で行われた演奏会が無料ライブ配信された(15日の同じプログラムは中止)。

 

 曲目は、
 1,序曲、スケルツォとフィナーレ(シューマン)
 2,ヴァイオリン協奏曲ニ長調(チャイコフスキー)
 3,交響曲第2番ハ長調(シューマン)

 

 指揮は阪哲朗、協奏曲のソリストは神尾真由子。レコーディングならいざ知らず誰もいない客席に向かって聞かせるにはどんな音がと考えたと思う。交響曲では、このオーケストラの持ち味を生かし、金管楽器に古楽器を用い、端正な響きを指揮者はくみ上げ聞かせてくれた。協奏曲は大人しい伴奏の印象だったが、ソリストは情熱的に弾きあげ、楽団員の拍手にこたえて?アンコールも演奏してくれた。このご時世、握手はせずひじを曲げてくっつけ合う仕草はほほえましかった。
 急ごしらえの配信だったと思うが、カメラは複数台使い映像を切り替えていたし、音もよくとれていたと思う。地方の小さなオーケストラでこうした試みをしたのは、大変だったと思うが、素晴らしいことだ。途中指揮者と楽団事務局長のトークも交え、このオーケストラの心意気を感じることができた。最大23,000くらいのアクセスがあったようで、2日間の観客数を考えるとそれを大きく上回る数の人に聞かせることができ大成功だったと思う(テルサは定員800人のホール)。

 

 

 

 新型コロナウイルスの影響による同様の試みはすでに幾つか行われており、先週末は、びわ湖ホールでのワーグナーの楽劇公演が、今週末はベルリンフィルハーモニーホールでのベルリン・フィル演奏会が無料配信されている。こういう楽しみ方もあるのは嬉しい一方、正常に演奏会が開催できるようになることを願っている。

 

 

 

【追 記】この演奏会の15日分は、NHKが録音してFMで放送する予定だったらしい。残念なことをした。

なお、14日の映像は、4月5日まで「カーテンコール」配信サイトhttps://curtaincall.media/yamakyo.htmlで視聴できる。

 

 

 

 

 26年ぶりのデュオ。昨年9月に発表されこれを聞き逃すわけにはいかないと勇んだもののサントリーホールがとれず初の名古屋まで追っかけと決めた公演。3月15日愛知県芸術劇場で開催予定だったが、新型コロナウイルス感染防止から中止になった。併せて、18日、追加開催の20日のサントリーホール公演も中止。アルゲリッチ、クレーメルともに来日を控えたと思うし、いかに感染防止に配慮して開催するとしても、会場までの交通機関内が心配だし、この度はキャンセルするしかないと思っていたので、中止は残念だがありがたかった。
 この二人による演奏、初めて聞いたのは1988年だったと思う。NHKがリサイタルを収録したが、メインのべートーヴェンのクロイツェル・ソナタが不満足だったらしく、そこだけわざわざNHKのスタジオで収録したものが放送されたのを覚えている。これ以前の同曲の演奏というと、やはり人気絶頂時のパールマンとアシュケナージの来日公演の録音が好きで、その印象は豊かなあたたかい音色だったが、こちらは鋭い火花散る演奏という印象をもったものだった。それが年輪を重ねてどう変化したか、楽しみだったが今回は叶わなかった。
 アルゲリッチ、クレーメルともに円熟から今聞いておかないと・・・という境地にかかっていると思う。是非安心して聞ける環境が整った時点で、改めて公演が開催されることをお願いしたい。

 

 12月22日深夜、BS-Pの「プレミアムシアター」で、昨年12月聖トーマス教会で行われたバッハの「クリスマス・オラトリオ」全曲演奏会が放送された。
 この曲は6部からなり、教会暦に沿って、クリスマス(12月25日)から顕現節(1月6日)のうち、日曜と祝日の計6日間に、1部ずつ演奏されたものだが、今はまとめて演奏されることが多い。今回の演奏は、その昔バッハがカントール(音楽監督)をつとめこの曲の初演者でもある聖トーマス教会合唱団によるもの。オーケストラはゲヴァントハウス管弦楽団、指揮は現在のカントール、ゴットホルト・シュヴァルツ。この人、バス=バリトンの歌手で、2012年の聖トーマス教会合唱団来日公演で歌っていた。
 さすがに若々しい演奏だ。大人の、曲を理解した深みのある表現を求めるとしたら物足りないと思うかもしれない。でもこれが教会の聖歌隊、今は聖トーマス学校の子どもたち、低音部も日本でいえば高校生の声だ。こういう小・中・高校の子どもたちが全部で2時間30分にも及ぶ大曲を歌えるというのは教会文化の賜物だろう。それだけでもすごいと思ってしまう。ソリストは大人だが、部分的に合唱団員のソロもあり、クリスマスシーズンを飾る素敵な演奏になっていた。

 

 

 

 そしてこちらは、恒例の「Christmas in Vienna 2019」。指揮はこのコンサートには度々登場しているサッシャ・ゲッツェル。今年の公演のソリストでは、ソプラノのゲニア・キューマイヤーが直前代役に変わったようだ。

 

 

 11月21日、東京サントリーホールにて、曲目は、ブルックナーの交響曲第8番。
 メータ、昨年春の病気によるイスラエル・フィル公演中止、復活して秋、マリス・ヤンソンスの代役をつとめバイエルン放送交響楽団来日公演を指揮するも、車椅子で登場して椅子の座って指揮したとか痛々しい様子が報じられてきた。
 さて今公演、杖をついて登場足取りはおぼつかない、椅子に座っての動きが抑制されての指揮、しかし、紡ぎだす音楽は、決して若さを失わないものだった。ベルリン・フィルも、各楽器のアンサンブルが見事。ブルックナーの、これでもかと寄せては返す波の大きなうねりを、統率がとれた厚みのある音の連なりをもって、全力で届けてくれた。圧巻の演奏、それはもしかしたら、メータへの信頼と感謝の音だったかもしれない。
 聴衆は、そのメータに、感動を喜びの気持ちを、惜しみない拍手、スタンディングオベーションで伝えた。その中に、小泉純一郎元首相や指揮者パーヴォ・ヤルヴィの姿もあった。結果、メータは楽団員退席後も2度拍手に応え登場した。

 

 諸事に紛れ、投稿がおくれている間に、マリス・ヤンソンスの訃報が届いた。まだ76歳。これから実演に接するのを楽しみにしていたのに残念。ご冥福をお祈りする。

 

 ウィーン少年合唱団のコンサートは、2005年の来日公演がBS2で放送されたのを観たのが最初だ。このときは、モーツァルト・コアで、カペルマイスターは今は亡きラウル・ゲーリンガーだった。率直に言って、これが天使の歌声と名高い少年合唱団?と思った。口は開いているのかわからないし、表情に乏しく、まあきれいなのだけれどそう楽しくなかった。この時すでに国際化していたと思うが、2年後には初めての日本人団員が凱旋、このことをきっかけに、2009年からは毎年コンサートに足を運んでいる。
 今年はブルックナー・コア。カペルマイスターはマノロ・カニン、イタリア出身でもう10年以上このコアを率いている。歌の入りの合図や途中足踏みがうるさいが、なかなかいいハーモニーを引き出している。6月16日はBプロ。世界を巡る音楽大使だから、映画音楽や日本の歌や低音が多くあまり声が響かない歌なども取り上げるが、真骨頂は古い宗教音楽や教会で響かせるような楽曲だろう。この日は、ビーブルのアヴェ・マリアが聴きどころ満載、「野ばら」や「美しく青きドナウ」の出だしなどは実に艶やか。最終公演だし、親御さんやOBなども来場していたようだから、張り切っていたのかもしれない。26名で音楽を楽しんでいる様子が伝わってきた。こちらもスタンディングオベーションで感動を表した。アンコールの最後、「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」が歌われたのは、5名の卒団生の旅立ちを祝う粋な計らいだった。
 なお、5月29日の公演はNHKがカメラ5台と多数のスタンド、吊り下げマイクで収録したので、後日放送される。楽しみに待ちたい。
 
イメージ 1
 
 3月17日、東京晴海の第一生命ホールでTOKYO FM 少年合唱団 第35回定期演奏会を鑑賞。本科生32名、予科生12名での、時にミュージック・ベルやリコーダーも交えての合唱。
 第1部”ぼくらのレパートリー”は、団歌の「おお牧場はみどり」に始まっていつもの「BELIEVE」まで8曲に、卒団 ミュージックセレモニーとして、「ありがとう」が歌われた。3年前初めてきいて感動した「しあわせになあれ」は、今年はピアノの前奏後奏がゆったり、一方歌は歯切れよく力強く。ただ、音の揃え方、繊細な歌いまわしが雑になってきているのは残念だった。それでも、シューベルトの「セレナーデ」がこの合唱団の持ち味であるソプラノ、メゾ、アルトのハーモニーがよく引き出されていたし、特にメゾ、アルトが優れていることをきかせてくれ、第1部で一番心に残った。
 第2部は”おぺら・オペラ・OPERA”Part6として、5つのオペラの場面が演じられた。少年合唱で歌われる楽曲ばかりではなく、本来大人が演じ歌うものにも挑戦し作られた舞台で、限られたステージ条件の中、さすがオペラに出演慣れしていると感じる歌をきかせた。中でも、テルツ少年合唱団が、「魔笛」の3人の少年ばかりではなくソプラノ歌手のパートを歌うように、「トゥーランドット」で歌ってみたかったという大人のパートも見事に歌い、意欲的かつ圧巻の歌声を響かせた。
 
イメージ 1
 
 身辺整理をしていたらパンフレットを発見。1988年4月3日山形市民会館でのリサイタルをきいていた。どういった経緯でこの演奏会をきくことになったのか思い出せないが、カツァリスといえば、この当時からベートーヴェンの交響曲のピアノ版演奏で名をはせていた。地方にいて有名な演奏家の生の演奏に飢えていたので、この少し知っていた著名なピアニストの演奏をききにいったのだと思う。
 この年カツァリスは4度目の来日で、3月中旬から4月中旬の約1か月間に、オーケストラとの協奏曲演奏を含め、13公演を行っている。山形市でのリサイタルはその後半にあり、Aプログラムとして、前半は、シューベルトの即興曲D946-2、グリーグの抒情小曲集から12曲、後半、ベートヴェン作曲リスト編曲の交響曲第3番「英雄」を演奏している。どんな演奏だったか、正直思い出せない。素晴らしかったと思う。別の演奏会録音をエアチェックしてきいたような気もする。若いころ山形できいたごく少ない演奏会の思い出である。
 なおカツァリスは毎年のように来日しており、今年もすでに演奏会を開いている。暮れにもまた来るらしい。
 
イメージ 1
 2月15日(金)NHK-FMの「オペラ・ファンタスティカ」で、2018年11月23日にバイエルン国立歌劇場で上演されたヴェルディの歌劇「オテロ」を聞いた。指揮はキリル・ペトレンコ、タイトルロールを歌ったのはヨナス・カウフマン、昨年注目の公演だ。
 指揮者の紡ぎだす音楽、歌手の歌声の素晴らしさに聞きほれた。これまで心に残る「オテロ」は、1981年のミラノ・スカラ座来日公演のクライバー指揮のそれ。この演奏も、音楽だけ聞くとそれに匹敵すると思った。
 ただ、途中語られる第1幕から第4幕までのあらすじを聞き「はて?」と思った、これはその通りの上演なのか、と。全幕放送後、演出についての話があった。やはり今どきの読み替え版だった。それが悪いわけではないが、舞台設定が違うと、異なるドラマが演じられており、音楽もオリジナルとはやや違う印象に聞こえるような気がする。映像で舞台を視聴しているときは納得できるのだが、舞台上演の音楽だけを聞くと、音楽そのものの素晴らしさが聞こえはする、でもなあ、ともやもやとした感覚になった。