「なぜ高崎に引っ越したのですか?」と、幾人かの方から質問されました。「これには、話せば長い物語があります。長い話を短くすれば、長男くんの教育環境を考えて学校と住居をどうすべきか祈ったとき、神様が不思議な形で導かれたということです。」とお答えしてきました。

これから何回かに分けて、その「長い物語」を連載します。去る5月14日、高崎はなみずきベテルチャーチの開所礼拝を新居で行いましたが、そのときのプログラムにその「長い物語」を書かせていただきました。これからの連載記事は、その内容に加筆したものになります。



私たち夫婦の子ども・偉作(イサク)くんが通う学校をどこにするか、偉作を迎えると決めたときに神様に祈ったことがすべての始まりでした。

 

実は、偉作は私たちの実子ではありません。偉作が2歳のときに特別養子で迎えた子どもです。偉作はダウン症児であり、知恵の遅れがあります。年齢は6歳ですが、知的・精神年齢は2歳程度です。必然的に、特別支援学校(かつては養護学校と言われていました。以下「特支」と略します)に入学することになります(この4月に入学しました)。

ところが、3月まで私たちが住んでいたN市からだと、指定された特支は車で1時間近くかかるところにありました。しかもその特支は、4つの市の障害児が集まる学校で、かなりのマンモス校です。……できれば、少人数でゆったりした特支に行かせたい。そして、偉作に何かあったらすぐに迎えに行ける距離のところ、特支に車で20分以内で通える場所に引っ越したい……と、私たち夫婦は偉作を迎える前から祈って備えていました。

そうするうちに、神様は聖書のことばから私たち夫婦に語ってくださいました。「あなたがたはこの山に十分長くとどまった。あなたがたは向きを変えて出発せよ。」(申命記1:6,7)、「北の方に向きを変えよ。」(同2:3)……具体的には、二人がそれぞれ聖書を読み進めて黙想する中で、別々の場所で聖書のことばが心に語りかけるような印象を持ったのです(これを「みことばが示された」と表現します)。

「北の方」とありますから、当時私たちが住んでいたN市から北……当初は手近に行ける埼玉県内で探していました。実は夫婦で「北といっても、新潟とか北海道って神様から言われたらどうしよう」なんて話していたのです。夫婦二人とも東京生まれの東京育ちです。雪国の苦労を私たちは知りません。もちろん神様がそう語られたら、私たちの意識が変えられて、その語りかけに従うことでしょう。「神様、場所を教えて導いてください」と祈りながら、まだ私たちは育った場所・環境に近いところに限定して考えていました。

ところが、ちょうど新型コロナウィルスが猛威を振るっていた時期に物件の価格が上がってしまい、なかなかいい物件に出会えませんでした。その後、私たち夫婦に、精神的にも経済的にも大きな打撃を受ける試練がやってきました。その試練の内容についてはここでは言及しませんが、引っ越しの件はもうダメか……あきらめかけたことが何度かありました。

すると、不思議な聖書のことばが示されたのです。<つづく>