誰かを好きになったとき
どうしても振り向いてほしいとき
相手から要求される交換条件をのみはじめたとき
戦いははじまっていく
交換条件を断ることで
この恋が終わることがさみしかったからなのかもしれない
その時点で
明らかな敗戦だと思う
お互いの交換条件が成立したときに
悲しいけど
いったん戦いが終わり
同時に恋が終わる
でもね
それがスタートなんだよ
それでも好きという気持ちが
これからどれだけ膨らんでいくのかな
今度は本当の自分との戦い
何度でもスタートをきってもいいんじゃないの
誰かを好きになったとき
どうしても振り向いてほしいとき
相手から要求される交換条件をのみはじめたとき
戦いははじまっていく
交換条件を断ることで
この恋が終わることがさみしかったからなのかもしれない
その時点で
明らかな敗戦だと思う
お互いの交換条件が成立したときに
悲しいけど
いったん戦いが終わり
同時に恋が終わる
でもね
それがスタートなんだよ
それでも好きという気持ちが
これからどれだけ膨らんでいくのかな
今度は本当の自分との戦い
何度でもスタートをきってもいいんじゃないの
過去や将来のことを考えないで、ただ現在の瞬間を充実させて生きればよいとする考え方。また、一時的な快楽を求めようとする考え方。
それを刹那主義というみたい
あなたの生き方は○○主義??
先のビジョンを描いて
下降方式で今を考える
今の行動が先々の夢に確かにつながっているのことを確認しながら生きていく
そんな生き方を目指して
それなりに努力してきたけど
自分の狭い視野と考えが広がりにくくて
それなりにまとまっていったような気がする
それはそれで素晴らしいと思っていた
下降方式でおろしてきた
今という瞬間を今
思いきり広げてみよう
悪より善
偽より真
危険より安全
ペースレスよりマイペース
浪費より貯金
自分の中で決めてきたことがあったけど
その決め事は
なんのためだったんだろう
もう一度
何のために生きていくのかを考えてみよう
誰かに愛を伝えるために生きていくなら
いったんは
自分の決め事はなくしてしまってもいいじゃない
それを人は刹那主義というかもしれないけど
私には何があっても
乗り越える力があるという自信があるなら
遠回りしても
障害物競争みたいでも
心が何かに喜んでいる
スムーズに物事が進むことに喜んでいるのではなくて
自分と違うものにぶつかって
自分の本当の心の中をえぐられるような
覗き込まれるような感覚になって
それで本当の自分を知っていく
思っているほど善人でもないし
思っているほど悪人でもない
自分に気づいていくことが人生の宝だよ
時間
お金
感情
きちんと使いたいと思うけどきちんと使えない
その理由は
自分の心の中に
自分の頭の中に
きちんと使えないかもしれないと
いう気持ちがあるから
きちんと使えないかもしれないと
いう考えがあるから
でも
もう
大丈夫
本当の自分の気持ちをみつめて
ゆっくりでいいから
きちんとしていくと決める
少しずつでいいんだよ
ビジネスで成功したいなら
自分の中にあるよ愛の力を高めて
その力をフル活用することが一番
利益にとらわれていたら
ただの売買ゲームになってしまう
愛の力でつながるビジネスは
野を越え、山を越え、国を越えて世界に広がっていく
そのとき、あなたは
誰よりも多くの人を愛し
誰よりも自分を愛している人になっている
今日きづいた
あと少しで
もう少しで
なんとか 思い描いていたことが起きるかも・・という気持ちは
同じかもしれないけれど
ギャンブルをしていても
多分
きれいにはならないけど
恋をするとキレイになる
多分
何をするにしても未来の保証はないとすれば
心がキレイになることに時間を使いたいもの
いいとか
悪いとかじゃなくて
そうしたいと思うなら
続けていってもいいんじゃないの?
この恋を続けていけば
そう、もう少しアプローチを続けていけば
彼が応えてくれそうな気がする
メールの数が増えてきた
電話の回数が増えてきた
二人で会う回数も増えてきた
もう少し信じ続けたら
この恋が叶うかもしれない
そんなこと思う日もあったけど
これってギャンブル脳になっているってこと?
もっと真正面からぶつかってみよう
それでダメなら
それでもいいじゃない
これまでの日々が幸せだったんだから
ひとつの空間に一緒にいるとき
窓からすごくまぶしいくらいに日差しが差し込んできた
話していることはそれほどラブリーな内容でもないのに
ものすごく気持ちがよくなってきたんだけど
驚いたのは
その時に 気持ちいいネっていう 相手の言葉
ものすごく不思議だった
確か 前にもこんなことがあった
多分感じさせる力がはたらいたと思う
感じる力の強い人といるとたぶんそんなことが起こると思う
普段の仕事の中で
人と関わるその中で
意見が同じとか違うとか
一つ一つを気にしていたら何もできない
そんなことを言う人に出会った
どの仕事をしていくにしても
一つ一つのことを気に留めていかなければ
人と人との関係を築いていくことはできないのではないかと
私にはそう思えて仕方がないのだけど
みなさんはどう思いますか?
一つ一つの言葉の意味やその根底の考えを
考えていくことが自分の知恵になるのではないかと
私は思う
これは価値観の違いではなくて
心の自立度に関係していて
人の考え方をトレースしているだけの人と
人の考え方を分解して自分の中で加工している人との
違いなのではないでしょうか?
今 確かに感じていること
今 迷っていること
形を変えていくと思う
としたら
その内容よりも
いつも 一つ一つのことに対して
何かを感じたい
何かの迷いを感じたい
そうやって自分の心の中を見ていきたい
毎日の生活の中で
嬉しいこと
楽しいこと
辛いこと
嫌なこと
この中で最後のいやなこと・・これがけっこう自分に気づかせてくれる気がしています
辛いことは楽しいことや嬉しいことにつながっているということが
とてもわかりやすいので受け入れやすいんだね
価値観が違うから・・
考え方が違うから・・
私の幸せはそこにはないから・・
などと言って嫌なことを断り続けてきました
が
自分が本当に嫌がっているかどうかは
そのあとの自分の行動をみていたらわかると思うのね
事の内容自体が嫌ということはあまりなくて
目の前の人のことや
または目の前の人に強要されることが嫌なんじゃないのかな
もっと言うならば自分が嫌がるように考えているだけのことかもしれないですね
そのことに対して自信がなかったり
不安になっていたりするのかもしれないですね
長い人生の中においては、そのことを受け入れることで
人生がそんなに変わるでしょうか・・
多分変わらないでしょう・・
だからどっちでもいいですね
そんなに嫌がらなくてもいいかもね