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気張る

夏の予定を立てようとしている。

憂さ晴らしの様な物だと思う。

少なからず、そういうものだと僕は思う。

もしくは何かのインセプションなのかもしれない。

玲瓏な風鈴の音や、嫋々とした風に撫でられ、縁側で昼寝しているのも息休めになるのだが、
知音と戯れるのもまた良い。

キャンプにでも行き、BBQをして、渓流釣りした川魚を塩焼きにし、それを肴に酒を飲んで吐いて、星でもみて、肝試しをして、そしてまたひとり一人と呪われ死んでいく。

そして外方滅法に逍遥して、気付けば中国のホアンシャンで仙人になっているっていうのが今年の目標だ。

そーいう予定を立てては、明日あれをやらねば、これをやらねばと算段するのに気をとられ、失念してしまうのである。

そんな益体のないことより、明日を生きるのに精一杯であるようだ。

ここで普通ならば、誰かが登場でもして、何虚空を見つめているの?と畢竟した様な、穿つ事を言ってくれる筈なのだが、生憎今は深夜で誰もが明日の憂鬱との対峙をし、懐剣でもしているところであって、そんなドラマの様なストーリーはテラーされないのである。

何をそんな気張っているのだろう?

気張る?

たまには気張るのもいいのかもしれない。

思い返せばいままでの人生なにも気張らず、惰性で生きてきた部類の人間で、唯一気張ったといえるのは・・・と考えても浮かばないほど、何も努力をしてこなかった。

つまるところ、何もつまってはいないという事だ。

などと言葉遊びをして、自己満足のオーガズムを感じるのが最近の生きがいだ。

はっ!

さぁ眠らなければ。

あしたも気張ろう。