繋がりすぎた環境では語れないことや右脳系のことを語ります
今日から夏休みを頂いています。普段は何かとやるべきことが多い日々を過ごしています。この連休は心と体を休め、気が向くままにのんびりと過ごして休養に専念したいと思います。
すぐにできるようになることなんて無い。ひとつずつ努力して、苦労を重ねてできるようになる
無意識のうちに周囲の目が気になり、周りに合わせすぎて自分でストレスを抱えてしまう。そのせいでSNSやブログでも思うような発信ができなくなることもある。自分にとってネットは完全に「公共の場」。何気なく書き始めた文章がその「公共の場」にアップできなくても、もうひとつの受け皿があることで書き続けることができます。書こうと思ったことを「場に合わない」という事だけで留めてしまうとかえってストレスが溜まります。それがこのブログで解消されただけでも良いかも。
自分の性格的に1日の中に予定を詰め込んでスケジュールを追い込んでいく傾向がある。その癖を調整するために早めにアポイント先へ行って喫茶店でお茶を飲んだりして、違う時間を創出するようにしています。追い込みすぎず。かといって空きすぎず。なかなか難しいものです。
新しいものを吸収したり、環境が変化しているときには、それに適応するだけで精一杯になります。しかし、そのペースが体に慣れてくると冷静に考えながらできる余裕が出てきます。それまでは与えられた目の前のことだけに追われていたのが、ある段階から突如スーッと軽くなって他のことと並行して考えることができるようになります。これを繰り返していくことで自分のキャパシティ(許容量)を広げていく。より多くことを品質を落とさずに出来るようになります。そうして人は進化していく。
プレイヤーで契約を持っているから時間が取れない、とか。あと◯年後になれば落ち着くからそこから考える、とか。頭の中はやりたくないことに対する言い訳ばかり。遠ざけるのではなく、どうすればできるのか。どうやれば、新しい自分にシフトできるのか。知恵を絞って、時間を費やして、努力をしてこそ初めて結果が出るもの。座っていても何も進まない。
今までやったことのない経費計算と売上管理。利益率と労働分配率。経費の捻出をどうすれば良いのか。考えることは多数あるけど、相談できる相手がいない。契約をシフトさせても、それは個別の数字がよく見えるだけで全体の数字は変わらない。
時間が空いた、さあマネジメントをしよう!と思っても、実は何をすれば良いのかよく分からない。普段から自分の数字しか見ていないから?いきなり他人の数字を見る方法を知らないから?慣れていないことをやるには、沢山の時間が必要になる。マネジメントについて、常に意識は持っているが実践するのが難しい。決断より行動を再優先して行きたい。でも、気を抜くとすぐに次の仕事がやってくる。焦らず、ひとつずつ。けれど着実に。。。
人間は新しいものを吸収する際には、以前持っていたものを捨てて新しいものを取り込む必要があります。何かを捨てなければ、新しいものを得ることはできない。過去の自分にしがみつくのではなく、常に新しいものを取り込んでいく。人は一度成功体験を味わってしまうとそれを繰り返そうとします。しかし、周囲の環境はめまぐるしく変化しています。以前成果を上げた方法はあっという間に過去のものになる。
変わるべきところと変わらないほうが良いところ。今後の自分にとって何が必要で、何を捨てるべきか。今の自分が置かれた環境の中でじっくりと考えなおしてみるのが良いと思う。
鏡の前の自分に向かって「大丈夫」と言ってあげると精神的に落ち着く作用があると言われています。反対にやってはいけないのは、鏡の前の自分に「お前ば誰だ」と言うことだそうです。
僕たちは理想と現実のギャップを埋めるために日々戦っている。
力強いだけではガサツさが残る。柔らかいだけでは手応えがない。必要なのは「しなやかさ」。その手応えは柔らかくも求めに応じて力強さを発揮するしなやかさ。
忙しいことを誰にも言わないのに、忙しいことを言い訳にするのは止めよう。そして、その忙しさのストレス解消でお金を使う無意味さ。
人間、気持ちの持ちようでパフォーマンスはかなり変わる。どれだけ時間があってもそわそわして仕事が手に付かない時もあれば、忙しくても短時間で集中して仕事を片付けられるときもある。少なくとも自分の場合には冷静であればあるほど、落ち着いていればいるほど、もっと効率的に仕事をこなすことが出来るようだ。
考えなければいけないことを一つずつ処理していく。複数同時に考えて切り替えていくパラレル方式が良い時と、一つずつ処理していくシーケンシャル方式が良いときがあるその時々に合わせて使い分ける。そして、「最後の詰めをしっかりと」。自分の悪い癖だから。
新しく書ける場所ができるととめどなく発信したくなる。繋がりの世界の中で「自分らしさ」や「こうあるべき」という自分像に押し潰されて、気がつけば書けないことばかりになっていたのかもしれない。文章を書きかけても途中で消してしまう。積み上げたものや過去に縛られているのは、結局自分だったんだね。
人間が変わる方法は3ある一つ目は、時間の配分を変えること二つ目は、住む場所を変えること三つ目は、つきあう人を変えること最も良くないのが「やるぞ!」と言って決意だけを新たにすることです。決意だけしても変えられるのは一時の話でしかありません。
眠れない夜、ふと目覚めるとき一瞬の隙をついて押さえ込んでいた感情が溢れ出す心の奥底にしまいこんでいる恐怖前だけを向いていても背後に気配を感じる不安小さい頃の自分が持っていた弱さ必死で積み上げてきた何かが崩れ落ちるような感覚と共に心許ない感情が押し寄せてくるまた明日になればすっかり忘れて日常に戻るはず…でも、戻れなかったらどうしようか真夜中の無防備な自分は、こんなにも脆く、そして儚い
何か心に溜まったものを吐き出したい気分があるこのまま進んでも大丈夫だろうか?人間誰しも先の見えない未来に不安を感じる事はあるだとしても、自分を信じて進むしかない「大丈夫、今までだって何とかなったろ。失敗しても命を取られる訳ではない」鏡の前の自分に向かってそう言い聞かせる今一時、溢れ出る感情を吐き出そう明日からまた、前だけを向いて進めるように。