小学校から高校までの子供を持つ親御さんは,一般に,子供がより良い学校に行って,社会に出てから,生きがいを感じて,より安定した幸せな生活ができるようなることを望んでおられるのではないでしょうか.
中には,総理大臣・大学の教授・富を持つ企業家等の,より大きな成功者になってほしいと願う親御さんもいらっしゃると思いますが.
そのためには,やはり,如何に子供にあった教育を施すことが,勉強させることが,極めて重要な事柄となります.人類は,大昔から子供に教育を施すことを重要と思い,そうしてきました.
これは,人間は,努力をして自分を磨いていかねばならない宿命を持っているからでしょう.自動的に,何もしないで社会で有能な人材として,また,幸福な生活を送ることができるようになっていません.これは,絶対的です.
それでは,どのようにすれば,子供が,生きがいを感じて,社会に出て幸せな歩みを成していく教育を施すことができるでしょうか?
今回は,こういった問いに対する一つの回答が,吉田松陰先生の教育観にあるかもしれませんと考えて,簡単に述べます.
松陰先生の教育に説得力があるのは,何といっても,教育者として実績です.たった2年弱で約90人の塾生のうち,総理大臣2人,大臣3人他20人が政府高官となっています.その中には,塾の双璧と言われた久坂玄瑞や高杉晋作等維新前に亡くなった塾生は,当然入っていません.
松陰先生の教育は,
「一人一人の個性を見極めて,それを尊重して伸ばす」,
「ただ知識を詰め込むだけではなく,それを現実社会の問題解決に役立てるという実践的な教育を行う」,
ところに大きな特徴がありました.
これらの件に関して,私が感じるところを簡単に述べたいと思います.
松陰は,猛烈に勉強を行いました.兵学師範として,習得すべき武教全書などの山鹿流の兵学はもとより,大日本史,日本外史,日本政記などの国史,吉田物語などの毛利藩関連書の史書,中国古典の孟子等,農業全書,経済要録,算術,地理など非常に広範囲に渡って,それらの知識を習得していました.
だからこそ,松陰先生の塾に来た生徒の才能の方向を,極めて優れた眼力で見抜き,それを生かす教育を行うことができたのでしょう.
松陰先生のような眼力があれば良いのですが,一般の家庭に於いて,子供の才能の方向を的確につかむのは困難です.ただ,親には,子供の個性を知り,才能の方向を伸ばす手伝いをする責任があると思われます.
そのためには,実験すること,即ち,色々,子供にどういった才能があるかを色々行わせて見て試すことが,現実的でしょう.家庭に応じて,その実験方法も異なってくると思いますが.
うちの子は,出来が悪いと諦めがちな親御さんもおられるかもしれませんが,これは大間違いです.松陰は,米国密航の罪で入れられた野山獄で,囚人に接した経験として,下記のように述べています.
「人賢愚ありと言えども,各々一二の才能なきはなし.それをうまく引き出し教えて行けば必ず立派な人間になることができる」[山口教育会編,吉田松陰全集 第2巻,岩波書店,1940].
人間には,誰にでも,神様がその人にだけに与えた天賦の才能が必ず有ります.これは絶対です.本来一人一人は,天才です.
それを見出し,そこを教育し伸ばす責任が,親にも,また,子供自身にもあると思います.ほとんどの場合は,天が与えた才能を眠らせたまま,心無い人生を歩まねばならない人が多いのは極めて残念なことです.そう言っている本人もそうですが.
さて,才能の方向,即ち,熱中できる,感動できる方向を見つけ出すことができるか否かに,その人が人生で成功するか否かがかかっています.感動できる熱中できる対象にあうことのできる人は,より良い幸福な人生を送ることができると思います.
だから,そのためにも,徹底的に,子供に色々試させることが一つ重要だと思います.分からないときは,実験を徹底的に行うことです.
松陰先生は,先生と生徒という縦的な関係を好まず,共に一緒に学ぶという姿勢を常にとりました.先生が講義するための講義台はなく,授業中絶えず,塾生の間を動きまわり,教えていました.誰が先生か始めて来たものには分からなかったそうです.
更に,紹介されて塾に来た入門希望者に対して,自分は教授はできないが,君らと一緒に勉強しようと話した例は,松下村塾が取り上げられる毎に,良く話題にされる有名な逸話です.
これも,お母さんが子供に勉強を行なわせようとする時の姿勢として参考にできるのではないでしょうか?
また,松陰は,いつも塾生に,「学者になってはだめだ.人は実行が第一である.」と言っていたようです.即ち,現実社会の問題を,培ってきた知識を生かして,身をもって解決することを,最優先しました[山口教育会編,吉田松陰全集 第12巻 渡邊蒿蔵談話第一, 岩波書店,p202,1940].
具体的には,松陰先生は,孟子など教科書に対する講義を行うときなども,日常の生活や時事問題と関連させて,論じました.そして,聴講生と質疑を行いあい,現代のセミナールに近い形態で行っていました.
これもあくまでも,読書をすることも,現実の実際問題を解決するという松陰の実学から来るものでしょう.また,松陰がテーマを決めて,レポートを書かせると言う事も良く行われました.
現実社会で,子供が感じる問題を文章に書かせて,本など参考にして色々調べさせて,それに対する回答を得させる訓練をすることも,子供が実社会で活躍できる基台を作ると言う点で,大いに参考になるのではと思います.
余談ですが,松陰が妹の千代に宛てた手紙(1859年4月13日)には,仏教信仰に関して述べた記述があります.そこでは,利他的な信仰は結構だが,自己の利益・長寿のために信仰することは無益だと,そして,「神に願うよりは身で行うがよろしく候」 [山口教育会編,吉田松陰全集 第8巻, 岩波書店,p315-327,1940]と述べています.
これは,詳細な解説を要する深みのある内容と思われますが,松陰は,自己のための信仰や祈りをすることよりは,何より具体的な実行することが重要だと述べています.このことも参考になるのではないでしょうか?
以上,子供の教育へ松陰先生の教育が参考にできるのではと思い,簡単にですが,それに関して述べました.また,まとめることができれば,いつか,詳しくお話しできればとも思います.