思春期に入ったぐらいから人目が気になり気になり、美しくなくてはこの世界に存在してはいけないと本気で思っていた。顔自体はどこにでも転がってる顔です、というと、聞いてる人は「そうだよねー!」と言われるような顔。でも、モデルさんみたいになりたい、という執着だけは何年も持ち続けていた。特に肌。

だから、昨今の強迫的なまでのルッキズムわかる気がする。


ニキビ肌と敏感肌で、ようやくおちついてきたのは35ぐらいから。


最近、人に挨拶してもらうか、もらわないか凝視の監視(自意識過剰)が自然と落ち着いている気がする。

毎日毎日、買い物で外出するさいマンションの住民とすれ違うたびに(挨拶したけど仕返してもらえた)(無視された!?)を確認しては一喜一憂。

スーパーやガソリンスタンドで「いらっしゃいませ」といわれないと、「今日はいけてないんだあたし、もう何やっても存在しちゃいけないようなゴミみたいなみっともなくて外出るの恥ずかしいみじめな自分なんだ。」と、いてもたってもいられなくなる不安に取り憑かれる。あとは自撮りをこっそり何回も撮って「ダメな日のデータ」を撮り溜めている。逆になぜかみんなが愛想良く向こうから挨拶してくれる、みたいな日も自撮りして、何が違うんだろうという研究データにしている。しかし、わからない。

やはり、態度とか自信ありそうとかそういうの見て判断するんですかね、道すれ違うだけの関係で挨拶する・しないって。もちろん、タイミングとか聞こえなかったとかあるだろうけど。


こんなことで、外出するたび一喜一憂し、とらわれまくって約30年ぐらい経ちました。アラフィフになったやっと今、完璧な自分じゃなくてもいいんだと、少しづつ自分を許せるようになってきている。それでも、マスク帽子メガネと顔はほぼ覆ってるけど。挨拶されなくても、あれ?そんなに傷ついてないぞという事が増えている。前は、全然関係ない人(店員さん)などから挨拶されなかったら死んじゃうんじゃないかと思うぐらい傷つくことに怯えて、実際相手が期待通りの反応をしないとぐっさり傷ついていました。


そしてまた唐突ですがアマプラでこのアニメにハマって一気見してます。


登場人物たちが、ルッキズム至上主義じゃないところがいい。それぞれみんな可愛い、水木しげる氏へのリスペクトも感じるようなキャラがいて萌え。