71年前もちょうどこんなかんかん照りの天気だったといいます。
今朝8時にテレビをつけると、リオのオリンピック開会式、
広島の平和記念式典、
チャンネルは記念式典で止まりました。
私は学生時代に長崎を訪れる機会があり、平和記念館に
立ち寄ったのですが、こんな私でさえ、あまりのショックに
昼食が喉を通らなかったのを覚えています。
何も罪もない人たちが、ほんの一瞬で壁の中の影になって
しまった画像に震撼してしまいました。
小学生の‘平和の誓い’を聴いていて、間もなく、戦争実体験者
が誰もいなくなるというくだりに、改めて気づかされました。
子供たちは、語り継いでいきます、平和について考え続けて
いきますと言っていました。
一瞬で苦渋の人生を嫌おうなしに押し付けられた実体験を
持たない我々が、果たして平和の意義をどこまで深く
理解し、維持できるのか、改めて肝に銘じなかればならない
のでしょう。
そして忘れてはならないのは、我々の先人は被害者でもありました
が、加害者でもあったのです。
やってはいけないこともしてきたのです。
大切なのは、これらの両方をはっきりと認識し、忘れることなく、
過去にこだわるのではなく、未来に目を向けて、前に進むことです。
でないと、先の大戦で命をなくした犠牲者の犠牲の意義が失われて
しまいます。