(前回の記事の続きです。)
ええっと、どこまで話しましたっけ?
あ、確か東大寺本坊にまだいてましたよね^^;
突然ですが
東大寺の境内図です(他所より拝借しました)
奈良国立博物館です。
本坊で使われていたお湯呑み。
『東』『大』だけ書いてあった。
本坊の中にそんなに大きくない
校倉造りの経庫がありまして、
これは東大寺境内にある校倉造り6棟の内、
奈良時代から残る2棟の内の一つです。
もう一つは正倉院正倉。
どちらとも国宝だそうです。
もっとじっくり観とくんだった

雨だったし気づいたのが
お弁当を食べた後だっのでもう薄暗くて、
写メも撮らなかった…残念
この日のおたいまつは19時から。
18:10位に本坊を出発。
午前中から降る雨
は全く止む気配はなく、
は全く止む気配はなく、二月堂へと続く道は登りになっているせいか、
途中石畳の上を勢いよく雨水が流れていて、
一緒にいった旦那の靴
がぐっしょり
がぐっしょり
そんなこんなで、10分位で二月堂に到着。
まだ、薄暗い。
でもこの雨の中ゆるやかな石畳の階段で
40分も立ったまま待つのか!(◎_◎;)
て、言うか、
ここでしか待てないの?
おたいまつと一緒に練行衆が登るのは
北側の階段の方。
今いる場所の反対側。
てっきりそっちにいけるかと思ってた

でもまぁ観るとすれば
南側からの方がアングルは良いですが。
よくTVや写真はこちら側からの方が多いです。
この写真で
二月堂のすぐ下まで観覧の人がいるのが
分かりますか?
この辺りかなり急な芝生でして
この日の雨の時はかなり危ないんじゃないのかな?と思いました。
実際今年他の日で火の粉を避ける為に
後ろに転げて怪我をした方がいたそうです。
(…と、警察なアナウンスが流れてました)
二月堂は京都の清水寺と同じ懸造り(かけづくり)の本堂です。
後、奈良の長谷寺や滋賀の石山寺お同じく観音様をお祀りするお寺は
この造りが多いそうです。
因みに二月堂は十一面観音像をお祀りしています。
本尊は絶品秘仏であり公開される事はないそうです。
雨は相変わらずで途中強く降ってきたりして
でも、人はドンドン増えて行く~^^;
でも12日の籠松明よりは落ち着いてます。
十数年前に見た籠松明の時は
もう押すな押すなの人の波。
立ち止まって見る事は出来ず流れてにまかせて
動いていくしかない状態。
そして
『お水取は今日12日だけではありません
3/1~14迄毎日やってます
』と
』と繰り返し流れるアナウンス(笑)
情緒もヘッタクレもないよなぁ…
でも近くにいらした
ボランティアガイドの人の話しを
横から聞いていると
やはり前の土日は凄い人だったとの事。
…ある意味雨でラッキーだっのかな
辛抱強く19時までどうにか待ちました。
周りの照明が全て消えて、
いよいよおたいまつの始まりです。
みんな傘を差しつつ伸びあがるwww
前にいた男の人の大きな傘が凄く邪魔(笑)
普通に降ってたけど、
もう傘を差さずに人混み掻き分けて
どうにかスマホで写真撮影

実際みるとそうは感じなかったです。
とても勇壮で
でもとても厳かで
『お水取りが終わると奈良にも春がくるなぁ』
と、思っていました。
聞けば今年で1265回目の修二会。
東大寺創建(752年)と同時に始まり、
東大寺創建(752年)と同時に始まり、
戦時中は2人少ない9人の練行衆で
行ったりした事もあったそうですが、
それでも一度も途絶えた事がなかったそうです。
修二会は『走りの行』といわれます。
良弁僧正(ろうべんそうじょう)の
高弟の実忠和尚(じっちゅうかしょう)が
笠置山で天人達が行う行を見て
『下界でもやりたい
』と思われて
始められたそうです。
でも、その行は400年も掛かる行の為
これを下界でそのままするには
時間が掛かりすぎてしまうので、
時間短縮の為、走って行うそうです。
なので、仏教の行としては珍しく
差懸を打ち鳴らしたり、
膝を打ち付けたりと、
かなり賑やかな行だそうです。
頑張って撮ってみた動画^^;
11秒あたりから
多分差懸を打ち鳴らしす音がします。
分かりますか?
おたいまつの後、本堂に上がって
初夜の行を観る事ができます。
礼堂の中まで男性は入って観る事が出来ますが、
女性は局(つぼね)と呼ばれる部屋の中からしか
観る事が出来ません。
上がって観てもよかったのですが、
下の息子がお留守番をしていたので
雨も降っていたし、
早々に二月堂を後にしました。
後日、また近鉄奈良駅の方に行ったので
ついでにお買い物
萬勝堂さんで「修二会の椿」を購入
美味しいお茶と共に頂きました































