金曜日，前職のメンバーとの
飲み会があった．自分が入社した時の
グループメンバーで
社歴的に後輩にあたる．

「エイトさん，聞きましたよ

　泉川さんを撒こうとしたって」

泉川さんとは，やはり入社時に
同じグループにいた先輩で
とにかく大声で喋りまくり，
笑いまくる，という女性だった．

20代から30代はまだ

まだ分別があったが、

結婚して子供を産み，

40代～50代のおばちゃんに

なるとその程度は増して行き，

会話がしたいと言うより，
自分の事を話しまくって
すっきりして去って行くような
ある種の襲撃イベントだった．

前職を辞めてから，
1年ぐらいした頃だった．
帰宅途中，乗り換えのために
駅の構内を歩いていた時，
何か不穏な周波数帯の声が
遠くから聞こえたような気がした．

その声は徐々に近づいてきて

「エ××さ～ん！」

と自分を呼んでいるようにも聞こえた．

まさかこんなところで

あるわけないよな，

そう思い後ろを振り向かなかった．

その「敵がくるぞ」という
動物が警戒を促す音は
容赦なく近寄って来た．

「エ×トさ～あ～ん！！！」

やばい自分がターゲットだ．

妖怪が来る．
歩く速度を上げてみたけれど、
それ以上の速さで近づいてくる．

貞子が徐々に近づいてきて
最後はテレビから飛び出し来るような
恐怖感があった．

「やっぱり！エイトさんだ！！」

妖怪は自分の前に回り込んできた．
人通りが多かっため，通路の柱側に
避けるしかなかった．
まるで警察がスピード違反の車を
道路の端に移動させるかのよう

「今，どこで何してるの？」

軽く説明をすると，
食い気味で話しだした．

「私も今ね！会社を辞めて～」

その後は長かった．
自分のターンに比べて
理不尽なぐらい話は続いた．
民放だったら，一旦ＣＭが入りそうな尺だった．

「でね，，それから～」

瞑想で「無」になるとは、
こんな感覚なんだろう．
何の音も聞こえず，
心が静寂に包まれているような，
しかし、到底リラックスすることは
できなかった．

「そうしたらね・・・」

会話はキャッチボールではなく，

ドッチボールだった．

しかも一方的に当てられている．

「じゃあ，またね！！！」

永劫とはこういう長さを言うんだろう

お陰で乗るはずの電車に乗れなった

「そう言えば，泉川さん，

　今もたくさんご飯を食べてるんですよ」

後輩たちは最近彼女に会ったらしい．

「家族3人で，月に30kgの米を
　消費するそうです．」

「30kg！！？家族全員が米好きなの？」

「いいえ，娘さんと旦那さんは普通で，

　泉川さんで8割ぐらいの消費ですかね」

良くしゃべるこの女性は

妖怪「小豆洗い」の類の

妖怪「米洗い」でもあった．

「朝昼晩必ず白米を食べて，

　お弁当だとご飯の容器に

　これでもかってぐらい

　圧縮して詰めてくるんですよ」

話を聞くと，圧縮硬度はレンガぐらい

と形容されていた．もしかしたら

人を殺める凶器にもなるかもと

笑いながら説明された．

「一回，ご飯の容器を

　旦那さんのと入れ間違えた

　事があったみたいで，

　旦那さんは半分以上残して

　帰って来たと言ってましたよ」

そのエピソードは

圧縮のすさまじさを

物語っていた．

相当な量なんだろう．

「でもエイトさん，不思議なんですよ

　私たちが泉川さんとお昼を一緒に

　食べていた時，ノーブレスな喋りを

　しているのに，いつの間にか

　ご飯を食べ終わっているんですよ」

「もう妖怪やないか，おそらく腹か

　首の後ろに食べる用の口が

　付いているんだと思う．

　箸はお腹に向かってなかった？」

「そこは，気づきませんでした！」

怖いわ，もう

「私たち，先月の土曜日にお会いしましたが，

　２次会も含めて，６時間ぐらい

　泉川劇場を見ましたよ．

　なんでしたら，

　セッティングしましょうか」

「いや，大丈夫です．

　自分も今は気をつけて

　遭遇した駅の事故現場は

　通らないことにしてますから」

全員笑っていた．

キャラクターが強すぎるんだよな．

今でもケタケタと大笑いする声が

聞こえてきそうだ．

前職の妖怪さん