『韓民族は近親婚集団』
時代は進み、『三国史記』は新羅(しらぎ)の始祖、第二代、第三代と「歴代王」の時代の出来事を記していますが、読み進めていくと驚くべき話が書いてありました。
<第一七代 金「奈勿尼師今(なこつ にしきん)」が即位した。姓が金氏で、金「仇道葛文(きゅうどうかつぶん)」王の孫である。王父は金「末仇角干(ばつきゅうかくかん)」で、王母は金氏仇礼夫人で、王妃は金氏で金未雛(みすう)王の娘である。>
文中に姓を入れると、なんと祖父、父、母、王妃も同姓・同本の「金一族」ではないですか。私が驚いたのは、縄文弥生観に続き、次なる山本七平氏の韓国の古代史観も誤りであったことを知ったからです。
<中国・韓国すなわち東アジアは族外婚で日本は例外です。>(『日本人とは何か。上』PHP文庫、1992年)
さらに注意深く読み進めると、実は「新羅王族」は濃厚なる「近親婚集団」だったのです。以下は、北海道大学の三宅勝氏の論文『韓国の同姓同本不婚制に関する背景と課題』と『三国史記』を根拠に書いています。
新羅王族では従兄妹同士の結婚など珍しくなく、王も妃も同姓の近い者同士で結婚を繰り返していた。金氏だけでなく、始祖の朴氏と昔(せき)氏の婚姻関係を追ってみると、こちらも「近親婚」で遂に断絶し、次なる金氏も「新羅減亡」まで「近親婚を繰り返していました」。イスラム圏では従兄妹同士の結婚はよくあることで、とくに問題とはされませんが、そういう結婚形態を嫌い、非難してきた韓民族が「近親婚民族」だったのです。国の始まりから王族が「近親婚集団」なら一般庶民も影響を受けないはずがありません。金富軾は、王族と一般庶民とを問わず行われていた「近親婚」、「近親相姦」を厳しく批判していました。
新羅の場合には同姓を娶る(めとる)だけではなく、兄弟の娘や叔母および従姉妹などを正式に娶って妻としている。中国以外の国ではそれぞれ独特の風習があるが、その風習を中国の礼法で(新羅を)批判するなら、大変間違ったことと言わねばならない。
氏はこう批判したのですが、「韓民族の近親婚」は新羅時代を過ぎ、高麗(こうらい)時代は更に徹底していました。それは、厳しい血筋と「階級制(骨品制)」が確立し、異なる階級の血が混じることを忌み嫌ったからです。韓民族に族外婚が定着したのは儒教を国教とした李朝の中期、十七世紀の半ばから十八世紀になってからのことでした。すなわち、「韓民族」とは有史以来、「一千五百年」以上にわたって「近親婚・近親相姦」を繰り返して出来上がった民族なのです。
その弊害を自覚したからか、韓国の現行民法では、「第八〇九条・第一項」において「同姓同本である血族の間では婚姻をすることができない」とし、この規定に違反すると、「婚姻取り消しの事由になる」とあります。韓国では、初対面の男女間であっても、「数百年前」に「同姓同本」だったのであれば婚姻届が受理されないとのことです。また、三宅勝氏はこの論文で次のように記しています。
<何故、韓国では同姓のものが結婚してはならないのであろうか。韓国人の姓は終生変わらぬ父系の血統を示すものであり、姓と父系血統の始祖発祥地である本貫が同じであれば、すなわち、同姓同本として互いに血縁があり、その婚姻は李氏中期以来、浸透した儒教道徳によって、これを回避することが社会習慣の鉄則とされてきたのである。>
そのために、韓国には家の血統を示す「族譜(ぞくふ)」という膨大な家系図があります。山本七平氏は、次のように記していました。
<韓国人には「族譜(または世譜)」という膨大な系図があります。これは日本のいわゆる系図からは想像できない膨大なもので、釜山大学の金日坤教授に、先生のところには何冊くらいと伺いましたら、何と四十冊、そして国中の系図の副本が韓国の国会図書館にあるそうで、こういう国は世界で韓国だけだろうと言っておられました。この同一系図に入っているものどうしは結婚できない>(『日本人とは何か 上』)
ところが、知識人といわれた氏が信じた「族譜」なるものは、とんだまがい物だったのです。
■『族譜の売買・偽造』
この話は『図説 韓国の歴史』にも
あるのですが、加耶(カヤ)大学の崔基鎬氏は、次のような調査結果を紹介しています。
<1901年に大邱(テグ)地区における身分別人口の推移について行われた研究があるが、1760年代に「両班(リャンバン)」が8%、「中人と常民」が51.5%、「賤民(せんみん)」が40.5%という人口構成であったのが、1864年には「両班」が65.48%、「中人と常民」が33.96%、「賤民」がわずか0.56%にまで減っている。大邸はもっとも儒教秩序が濃かった地方であったから、全国的に見ても、ほぼ同様と考えられている。>
<100年余りのうちに、このように賤民が激減し、中人と常民が競い合うように「両班に昇格」しているのは、当時の「売職、買官」がいかにひどかったかを示すとともに、家柄を証明した《族譜》の金銭売買が盛んに行われていたためである。>(『韓国堕落の2000年史』祥伝社黄金文庫、2006年)
しかし、単に売買されただけでは、これほど変わるはずがない。「大量に偽造された」と考えざるを得ません。賤民が40.5%から0.56%に激減したということは、賤民の「族譜」のほとんどが捨てられ、新たに「偽造・複製」されて、「両班になった賤民」もいたことになります。なぜなら、1760年代の両班8%と中人と常民の51.5%を足しても59.5%にすぎませんが、1864年には両班が65.48%になったのだから、仮にすべての中人と常民が族譜を偽造して両班に成りすましたとしても、なお6%不足します。この6%が、賤民が両班に成りすました最小値となります。そればかりか、8%から両班が65.48%に増えたということは、8%をマイナスすると、57.48%の両班の族譜はデタラメと推定できる。同様に、賤民が40.5%から0.56%に減ったということは、約40%の賤民が両班・中人・常民になりすましたことになります。結局、韓国の族譜なるものは57.48%と40%の合計97.48%が「偽物」で、これに「中人と常民」の減少分、17.54%(51.5%-33.96%=17.54%)を加えれば、“疑惑の数値”は約115%に達します。要するに、現在、韓国人が持っている族譜なるもの全てが信用ならない、「自分の祖先は両班だ」という人の祖先は「賤民」かも知れない、ということです。
山本七平氏は前掲書で、「中国・韓国すなわち東アジアは族外婚で日本は例外なのです。(略)こういう原則がなぜ生じたのかは、良く分かりません。」と記していましたが、歴史書を繙けば(ひもとけば)分かります。日本の皇室は男系維持が絶対であり、外から后や妃を入れて血を薄め、内親王は皇室に留まらず血を外へと散らしていったのに対し、シナ人や韓国人には長い「近親婚の伝統」があり、その弊害が表面化したからこそ族外婚を制度化したということです。
そして、長きにわたって「近親婚」や「近親相姦」を繰り返してきた「韓民族」は、族譜を根拠に族外婚を守っても、根拠たる族譜がデタラメなので、「族外婚」のつもりが「近親婚」の恐れすらあるのです。この「族譜」なるものが韓国人の婚姻を左右するのですから、あまりに愚かしく、気の毒というほかありません。
■『女性蔑視と貢女の果てに』
新羅の金真平王が死んだとき、長女の善徳が王となったのですが、金富軾はこの決定を厳しく批判していました。
<人間の場合で言えば、男は貴く(とうとく)て女は卑しいということである。どうして老婆が閨房 (けいぼう・寝室)から出てきて、国家の政治を裁断することが許されて良かろうか。>
このような発想が韓国人の根底にあり、六三一年頃から新羅は美女を唐に送っていました。これを「貢女(コンニョ)」といいますが、その後も美女なる女性をシナに送り続けたようです。次の時代、高麗がモンゴルの属国となって後、「貢女が義務」となり、また駐留するモンゴル軍の求めるままに美しいとされる未婚女性を差し出し、国が選抜して一度に「五百人」を送ったことも記録されています。それが年に何度も繰り返され、時に物品と交換されていました。
このような貢女が一千年以上行われ、韓民族から美女が消えていくと何が起こるか、残った彼らの「顔」はどうなるかは想像に難くありません。その顔の集団が小片丘彦氏の述べた今の韓国人の特徴なのです(ついでながら、清への貢女を止めさせたのが「日清戦争」における日本の勝利でした。「下関条約第一条」にある「清国は朝鮮国が完全無欠なる独立自主の国であることを確認し、独立自主を損害するような“朝鮮国から清国に対する貢・献上・典礼等は永遠に廃止する”(第一条)」がそれです)。
こうして完成した自らの素顔を韓国人は醜いと感じているのか、「美容整形」、という技術を発達させ、多くの男女が整形して別の顔になっているとのこと。
『2013年1月30日、 イギリスの経済ビジネス誌「エコノミスト(The Economist)」は、国際美容外科学会(ISAPS - International Society of Aesthetic Plastic Surgery)が世界各国の「美容整形」市場の情勢をまとめた報告書の分析結果を報じた。それによると、2011年、世界で最も美容整形手術の人口割合が高いのは「韓国」で、「世界一の整形大国」となった。 また、整形手術件数が最も多い国はアメリカであった。 韓国では人口1000人当たり13.1件の美容整形手術が行なわれており、これには1人で複数回手術を受けるのも含まれている。一般に韓国では、容姿が良くないと進学や就職に不利と考える傾向が強く、親が子供に美容整形を勧めることも珍しくない。そのため、あまり躊躇せずに美容整形を受ける人が多いことが要因と指摘されている。以下、ギリシャ(12.7回)、イタリア(11.6回)、米国(10.0回)、コロンビア(8.1回)と続いた。ちなみに日本は7.4回だった。』
韓国人の美男美女は、整形した可能性があります。私たちが留意すべきは、男女を問わず、韓国人の顔が本当の顔である確証がないことです。男も整形していますから、夫にする場合、生まれた子供の顔を見て卒倒しない心構えが必要です。「族外婚」に続き、結婚前に「整形前」の顔を見せねばならない、という法律が整備されれば、韓国も見直されると思われます。
■『おわりに』
このような歴史を朴正熙(パクチョンヒ)は「燃やして然るべき」といい、今の韓国人は「輝かしい歴史と文化」というとのこと。どちらを撰ぶかは彼らの自由ですが、何れにしても、今の「日本人」と「韓国人」は「まったくの別民族」ということです。無論、「韓国人が日本人の祖先だった」、なる司馬史観は大間違い、噴飯物であることがお分かりと思います。津田左右吉も見抜いていたように、われわれ「日本人は大陸の諸民族とは全く異なる民族」なのです。近いといわれた「韓民族」は「最近誕生した混血民族」、対する私たちのルーツは遠く縄文時代にまで遡るのです。
ここで証明した歴史的事実を腹に落とし、わが国を蝕んで(むしばんで)きた司馬史観や山本七平の古代史観と決別しなければ、「戦後の検閲済み史観」から脱却することも出来ないのではないでしょうか。
