恥ずかしながら、この年で初めて読みました。
万が一、ブッダとは何ぞやという方は以下を見てみて。
舞台は今から2000年以上前のインド。人々はカーストと呼ばれる4段階の身分(バラモン(僧侶)、クシャトリヤ(武士)、ヴァイシャ(平民)、スードラ(奴隷)、更にカースト以下とされるバリア)のもと暮らしていた。カピラヴァストウ(カピラ城)の王子ゴータマ・シッダルタはクシャトリヤの身分として、何不自由のない生活を送っていた。やがては結婚し、息子誕生と共に王位に就くことになる。しかし、幼い頃よりシッダルタは、「なぜ人は死ぬのか」「同じ人間なのになぜ身分があるのか」などの疑問を常に抱えていた。そして、息子が生まれた日。シッダルタは遂に僧としての道を歩み始めた……。
仏様、とか、仏陀、とか、お釈迦様とか呼ばれている、いわゆる仏教の開祖である人のサクセス・ストーリーである。
色んな人たちがレビューを上げてるから、すばらしい、とか、感動したとかは
もういいだろう。
僕視点だと、シッダルタよりも、他の人物がシッダルタと接し、彼から教えを貰う過程や
弟子になってくところが見所であったのだ。
だいたいどれも苦悩や痛み、悲しみから脱出するべく「生まれ変わる」為にシッダルタに弟子入りした者が多かった。
上のあらすじに記載されているとおり、身分制度があり、身分は絶対だった。
現在の日本からは考えられない。
*見えない格差はあるぜ日本にも。
主な弟子になった者の多くに共通するのは、身分違いの愛故の悲しみでした。
奴隷を好きになったった!
とか
王子様なのに、母ちゃんが実は元奴隷でした!
とか
王族に二人目の母ちゃん殺された
とか
あーーーーーーーーそりゃみんな嫌になるよ。
助けて欲しいだろう、救って欲しいだろう。
自分自身の中に、凝り固まるわけだ。
痛みや苦しみ復讐とか。
そこから、生きるとはなんぞや?
身分とはなんぞや?
なんでこんな苦しまなければならないの?
それらに対するシルベを説いたのだな、ブッダは。
けど、2000年以上前に説いた教えは、偉大だけれども
2011年現在でもまだ形を変えて、人々の心に巣くってる。
これらの問題は、文明が発達してもついて回るのだろうな。
人間が外側の進化ではなくて、内側の進化をしなければ
悲しみはへることもないでしょーに。
が、それと同時にアフリカで飢饉で亡くなっている子供達が
内戦・紛争で消えてく命が
この世界の総人口のバランスをとっているのも事実で
おいしー暖かい料理が腹いっぱい食べれるのは
そういったモノも含めて食べて生かされてるのだと思うと
真摯に生きることに向き合わざるえない。
あと作中に出てくるスードラやバリアの女性は、おっぱい丸出しでした。
手塚治虫先生の描く女性の柔らかさもあって、イケナイイマジネーションが・・・
煩悩がダイレクトに脳に来てた。
出家するなら織田無道系だなと思った。






