先日、身内で新年会をやっていたら、
隣に座ったサラリーマン風(50代後半位か)の集団が、
ゆとり教育の弊害みたいな話しをしていた。
所謂、今どきの若い奴はって話だ。
確かに、俺から見ても、情けないなぁと
感じる若者が増えたのは事実だ。
が、一括りにするのは何かなぁって感じ。
腹割って話せば、
今も昔も若者の本質は大して変わってないと思う。
ってか、むしろ、反面教師が沢山いるので、
かえってレベルが高い奴も居たりするもんだ。
じゃあ、何が決定的に違うかと言えば、世相だと思う。
俺が高校出た頃(平成2年)は、世はバブルの全盛期。
夢の一つも語れないような奴は哀れまれたし、
志一つ持てないような奴は蔑まれたもんだ。
でも、今の日本は経済が低迷。
先行きが見えない不安だらけの社会。
そんな中で夢を語れば、現実の見えない奴、
世間知らずとバカにされるのも道理だ。
そして、それを恥ずかしいと感じてしまう
ひ弱な若者しか育たない様な環境を構築してしまったのは
誰なのかを今一度考えて欲しいものだ。
むしろ、責任はそういった環境を構築してしまった
大人達にこそあると言いたい。
今どきの若者がどうとか言う前に、
今どきの大人はどうなのかを見直すのが先だ。
バブルが崩壊した時(平成4年)、
社会に出てから右肩上がりの経済しか経験した事がなかった
当時の大人(経営者クラス)の多くは、
狼狽し、愚痴り、政治に責任を押しつけて言い訳をし、
あげく、見通しの甘い予測で破綻して行った。
その姿を、社会に出るなり目の当たりにしたのが、
俺たちの世代だ。
醜悪で無様で、人として恥ずかしいと感じる心を
持ってない様な大人を、20そこそこで散々見せつけられた。
そして、つい数年前にリーマンショックが起った時も、
多くの大人たちは、何の進歩もない姿を再び露呈した。
彼らは彼らで必死だったとは思うのだが、
大抵は、『志』というモノを感じられなかった。
それさえ見せてもらえていれば、
例え、結果、朽ちていった人たちでも、
いま少し尊敬できたのではないかと思う。
『今どきの大人』と『今どきの若者』の中間に位置する
『今どきの中年』としては、
ああいう大人にはなりたくないと
今をもって強く思っている。
なので、今どきの~とか言ってる奴は、
若者に対して、加害者の自覚を持つべきだし、
自分に自負があるなら、自分の出来る範囲で、
若者が希望を持てる環境を構築するべきだ。
環境があれば、自然とやりがいが出るし、
そこに気概が生まれる。
環境を与えて、尚、気概を持てない奴に初めて、
『今どきの若者は』じゃなく
『オマエは』と言って説教すれば良いと思う。
『今どきの中年』は、
大多数の『大人』に期待が持てなった。
だから、自分たちが中心の世代になったら
世の中を変えようと誓った世代だと思う。
そういう意味では『大人』よりも
『若者』にシンパシーを感じる。
今年、俺は、40歳を迎える。
力も少しはついて来たし、
同じ志を持つ周りの仲間も随分出世した。
環境を与え、成長中の若手も何人かいる。
勝負をかけるにはいい年齢になったとも思う。
今、期待をしているのは、
極一部の大人と、多くの若者達だ。
隣に座ったサラリーマン風(50代後半位か)の集団が、
ゆとり教育の弊害みたいな話しをしていた。
所謂、今どきの若い奴はって話だ。
確かに、俺から見ても、情けないなぁと
感じる若者が増えたのは事実だ。
が、一括りにするのは何かなぁって感じ。
腹割って話せば、
今も昔も若者の本質は大して変わってないと思う。
ってか、むしろ、反面教師が沢山いるので、
かえってレベルが高い奴も居たりするもんだ。
じゃあ、何が決定的に違うかと言えば、世相だと思う。
俺が高校出た頃(平成2年)は、世はバブルの全盛期。
夢の一つも語れないような奴は哀れまれたし、
志一つ持てないような奴は蔑まれたもんだ。
でも、今の日本は経済が低迷。
先行きが見えない不安だらけの社会。
そんな中で夢を語れば、現実の見えない奴、
世間知らずとバカにされるのも道理だ。
そして、それを恥ずかしいと感じてしまう
ひ弱な若者しか育たない様な環境を構築してしまったのは
誰なのかを今一度考えて欲しいものだ。
むしろ、責任はそういった環境を構築してしまった
大人達にこそあると言いたい。
今どきの若者がどうとか言う前に、
今どきの大人はどうなのかを見直すのが先だ。
バブルが崩壊した時(平成4年)、
社会に出てから右肩上がりの経済しか経験した事がなかった
当時の大人(経営者クラス)の多くは、
狼狽し、愚痴り、政治に責任を押しつけて言い訳をし、
あげく、見通しの甘い予測で破綻して行った。
その姿を、社会に出るなり目の当たりにしたのが、
俺たちの世代だ。
醜悪で無様で、人として恥ずかしいと感じる心を
持ってない様な大人を、20そこそこで散々見せつけられた。
そして、つい数年前にリーマンショックが起った時も、
多くの大人たちは、何の進歩もない姿を再び露呈した。
彼らは彼らで必死だったとは思うのだが、
大抵は、『志』というモノを感じられなかった。
それさえ見せてもらえていれば、
例え、結果、朽ちていった人たちでも、
いま少し尊敬できたのではないかと思う。
『今どきの大人』と『今どきの若者』の中間に位置する
『今どきの中年』としては、
ああいう大人にはなりたくないと
今をもって強く思っている。
なので、今どきの~とか言ってる奴は、
若者に対して、加害者の自覚を持つべきだし、
自分に自負があるなら、自分の出来る範囲で、
若者が希望を持てる環境を構築するべきだ。
環境があれば、自然とやりがいが出るし、
そこに気概が生まれる。
環境を与えて、尚、気概を持てない奴に初めて、
『今どきの若者は』じゃなく
『オマエは』と言って説教すれば良いと思う。
『今どきの中年』は、
大多数の『大人』に期待が持てなった。
だから、自分たちが中心の世代になったら
世の中を変えようと誓った世代だと思う。
そういう意味では『大人』よりも
『若者』にシンパシーを感じる。
今年、俺は、40歳を迎える。
力も少しはついて来たし、
同じ志を持つ周りの仲間も随分出世した。
環境を与え、成長中の若手も何人かいる。
勝負をかけるにはいい年齢になったとも思う。
今、期待をしているのは、
極一部の大人と、多くの若者達だ。