こんばんは。S.Oです。
 

2026年の共通テストの模試が終わりましたね。本当にみなさんお疲れさまでした。

 

アルバイトの塾講師として受験に携わって、はや6年となりますが、

 

どうしてもこの時期になると、自分の懐かしい受験経験を思い出してしまいます。

今日はそんな私の受験経験や、価値観について、何回かに分けて語らせてください。くだらないことをいっているな、くらいにみてもらって全然大丈夫です。

 

今日は、私の受験経験についてです。

 

 

 

 

 

私が受験を意識し始めて本格的に勉強を始めたのは、高2の春休みからでした。

 

親と相談して駿台に入り、数学、英語と勉強を進めました。

 

高2では数学、国語、英語をとり、高3では数学、物理、英語をとりました。

 

偏差値としては、駿台の模試で5教科65は安定して取れており、という感じでした。

数学、英語、化学はたまに70あるかなという程度でした。

 

また、2年の秋から化学で東進の映像授業を受講しました。

 

とにかく、2年生からは、部活以外わき目もふらず勉強に集中していたと思います。

 

というか勉強、睡眠、風呂、ごはん以外は無駄という考えになる程度には追い込まれていました。

 

学祭にもほとんど参加しなかったし、暇さえあれば自習室にいました。


部活が3年の5月に終わってからはもっと勉強しないと、となり、学校の休み時間はほとんど寝て過ごし、弁当は早く食べて参考書を読んでいました。

 

その甲斐あってか、オープンは夏B、秋C判定、直前B判定とまずまずな結果でした。

 

今改めて振り返ってみても、あの1年の自分は異常でした。

 

それこそ成人した今はお酒などでストレス発散ができますが、当時はストレスによる過食気味になって、受験期に30kg体重が増えました。

 

こんな苦しい時間、はやく終わってほしいと常に思っていた。

 

なんとか塾の授業を乗り越えよう、楽しもうと、もがき続けていた。

 

追い込まれて、ずっと心が苦しかった。

 

 

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それでも、やっぱり受験は残酷です。


私は前期の第一志望の大学に落ちました。

 

試験が終わった時は、正直、悪くないな、全然ありえるなと思っていました。

 

当時はコロナで合格番号の張り出しがなかったので、ネットの合格者掲示用の公開時間になったら、私もホームページで自分の番号がないか調べました。

けれど、何度見返しても自分の番号がない。

 

涙をこらえながら、何度も、何度もさがしました。

 

5,6回目にしてはじめて、不合格だったことを認識してしまいました。

 

そして追い打ちをかけるように、同じ大学を受けた高校同期から「俺とあいつは受かった、お前はどうだった」という電話が来ました。

 

「だめだったよ。残念。」

 

声を絞り出すようにして伝えました。結局、高校同期の中で私だけがその大学に落ちていたようです。

 

電話を半ば強引に切り、本気で一人で泣きました。

 

人生で一番の号泣だったと思います。今改めて思い返しても、どん底を感じたことはこの受験期以外ありません。