震災で気づいたお金より大切なものからの続きです。
私はガソリンスタンドに就職して2年目で主任に昇格しました。
2年目で主任になったのはその会社の最短記録でした。
そしてセルフスタンドのお店に異動することになったのです。
そこの店長は会社内で一番恐れられていました。
見た目はボクシングの亀田三兄弟の父親似でいかついし仕事にも理不尽に厳しいと噂を聞かせれていた。
この店長の下で働くことになった社員は1ヶ月、もたずに辞めるとのこと。
なので社員スクラップ工場って呼ばれてました。
会社内で実績悪い社員にはその店に異動させるぞと言うと必死に働くようになるくらい恐れられていたのです。
この店長の下で働く者はすぐやめてしまうので私が入社した時からその店長の働くセルフスタンドは社員が店長一人だけのお店でした。
そんなお店に異動することになったのです。
そのお店に異動することになった理由はその亀田父似の悪名高い店長から指名を受けたからです。
有り難いことに1年目の時は私はその店長から好かれていて度々話す機会がありました。
その店長の実家は車の整備工場をやっていていつかは継がなければいけないとのこと。
しかし、継ぎたくないようで後継ぎをどうするか悩んでました。
なぜガソリンスタンドに就職したのか?でも、書いた通り私は起業したくてガソリンスタンドに就職しました。
なので入社した当初から周りには車屋を立ち上げたいとかお花畑なことを言ってました。
そんな私に声をかけてきたのが亀田父似の悪評の高い店長でした。
「起業したいなら、うち実家が整備工場なんだけど継ぎたくねえから継いでくれよー」
と声をかけられたのがきっかけです。
実際に泊まりでその整備工場に行ったこともあります。
その整備工場があるのは田舎ですが商用車や長く付き合ってる企業のお客様を抱えていて従業員も皆いい人でした。
私はここを引き継げるのならば是非やりたいとテンションが上がりましたp(^-^)q
しかも亀田父似の店長は悪い噂が信じられないくらい1年目は私によくしてくれました。
これは願ってもないチャンス!
ガソリンスタンドに就職してホントによかった!
ココロを踊らせながら1年目は必死に働き
起業したいのは口だけでなく本当にやりたいのだと行動で示しました。
資格は全て取り、 販売も整備も洗車も雑務も認められるくらいやりました。
そしてようやく亀田父似からの推薦でその店に異動することになりました。
さて、この2年目どうなったかは追々書いていきますので楽しみにしててください。