ideal-loungeのブログ

ideal-loungeのブログ

ブログの説明を入力します。

Amebaでブログを始めよう!
窓の向こう側に俺がいた。どう見ても俺だった。
俺の頭は完全に真っ白になった。
どうして俺が窓の向こう側に張り付いているんだ。
俺はここに居るのに窓の向こう側にも俺は居る。俺の頭は完全に混乱した。
「社長、俺です!ジョンです!マズイことになりました!
ドッペルゲンガーです!
お兄さんのドッペルゲンガーが出ました!俺の眼にも見えます!!
今は窓の外に居ます!!はい!!御願いします!」
ジョンの電話先は社長だった。何かを社長に御願いし、ジョンは携帯を切る。
「お兄さん、あいつに絶対に触れないで下さい!!
 触れたら俺でも社長でもお兄さんの命を助けられない!!」
窓の向こう側のもう一人の俺は激しく狂ったように窓を叩き始めた。
その衝撃音が連鎖するように部屋中から鳴り響く。
「開けろぉおお!!開けろぉぉおおおお!!」
俺が窓の外でそう叫んでいた。
俺は縮こまりながら、心の中で「止めてくれ、もう止めてくれ!」と何度も叫んだ。
ジョンは「速くしてくれ、速くしてくれ」と呟く。
次の瞬間、ジョンの携帯が鳴り響く。
携帯の着信音に窓の向こう側の俺は驚いた表情を浮かべると
溶けるように消えていった。
「なんだ!?あれはなんなんだ!?ジョン!?俺が居た!!俺が居たぞ!!!」
怒鳴る俺を無視してジョンは携帯で話をしている。
「はい、消えました。有難う御座います。はい…はい…判りました」
俺はもう何がなんだか訳が判らなかった。

ジョンはソファに腰掛けると今起きた事態を説明しだした。
「非常にマズイです、お兄さん。窓の外に居たお兄さんは
あの女、奈々子が作り出したお兄さんの分身です。あの分身に触れると確実に死にます。
俗に言う、ドッペルゲンガーって奴です。
これは女がお兄さんを本気で殺しに来た証拠です。
ドッペルゲンガーの殺傷能力は異常に高いんです。
多分、あの女はお兄さんをゆっくり苦しめてから殺すつもりだった。
その方が、お兄さんは強い悪霊として育ち、女にとって役に立つからです。
でも、俺たちが現れた。だから早急に殺すことにしたんだと思います。
実を言うと、お兄さんの中に社長特製のファイアーウォールを仕込んどいたんです。
普通の悪霊なら身動き一つ取れなくなるはずです。
それを、あの女は軽々と突破し、お兄さんの分身を作り上げた。
更に悪い事に、俺はお兄さんの分身を見ようと思って、見た訳ではありません。
あの女に強制的に見せられた。つまり俺も、いつの間にか女に侵入されていたんです。
さっきのは社長に御願いして払いました。今の俺にはあれを払う力はありません。
俺にとって何よりもショックなのは夢の中ではなく
現実の中で女があそこまでリアルなお兄さんの分身を作り上げ
俺とお兄さんの中に同時に具現化したことです。俺はその前触れに全く気付かなかった。
女が俺の遥か上の存在だという事を心底思い知らされました」
呼吸を乱しながら、ジョンは悔しそうな表情でそう言った。
俺の体は未だに震えが止まらなかった。ジョンの話が更に俺の恐怖心を煽る。
俺はジョンに怒鳴った。
「じゃあ、どうするんだよ!?」
ジョンは俯いた。
「どうしよう…」
そう言うとジョンは頭を抱えて塞ぎ込んだ。




724 :ホテル ◆lWKWoo9iYU :2009/06/17(水) 23:48:58 ID:kOT+Y6Db0
地上20階に位置する豪華なホテルの一室。
キレイなインテリアが並ぶこの部屋に似つかわしくない二人の男。
一人は恐怖で小刻みに震え、一人は頭を抱えて俯いている。
俺とジョンだ。
俺たちは敵の強大さに打ちのめされていた。
俺の心は絶望感でいっぱいだった。逃げることだけを必死で考えていた。
「ジョン、サラ金でも闇金でも何でも良い…
 借金して200万揃える。だから、社長に俺の除霊を頼んでくれ…」
ジョンはタバコに火を点けると頭を横に振った。
「無理です、お兄さん。社長は一度言ったことを絶対に曲げません。
 俺に除霊をやらすと言ったからには
 例え、俺が死んでも、お兄さんが死んでも社長は手を出しません」
俺はテーブルに拳を叩きつけた。
「ふざけるな!!俺の命が懸かっているんだぞ!!!」
「お兄さん」
「お前だって、あの女には勝てないって言ったじゃないか!!!」
「お兄さん」
「200万で足りないなら300万だって用意する!!
 だから俺を助けてくれ!!!」
「お兄さんっ!!!!」
ジョンは声を荒げて立ち上がった。
「俺を…信じてください」

「お前を…信じる…?」
ジョンは真剣な眼差しで俺を見つめる。その鋭い眼光に俺は戸惑った。
「俺はお兄さんを守ります。お兄さんは俺が絶対に助けます。
 だから、俺を信じてください。俺はお兄さんを守る為に命を懸けます。
 例え、俺が死んでも…絶対にお兄さんは俺が助けます」
俺は困惑した。こいつ、何でそこまで言えるんだ?
「そこまでお前が、俺を守りたい理由はなんだ?お前だって危ないんだぞ?」
ジョンは黙り込むと深く溜息をついた。
「俺たちが除霊をする時、対象者の守護霊の力を借ります。
つまりお兄さんの親父さんです。
お兄さんの親父さんと沢山話をしました。
ジョンって名前…、お兄さんの家で昔、飼っていた犬と同じ名前なんですね。
親父さん、笑っていました。
 俺は未熟だから、お兄さんの親父さんと話しているうちに
親父さんに感化されてしまったのかもしれません。
今では…お兄さんが、俺の本当の兄貴のように思えるんです…」
「お前…」
「親父さんのお兄さんを守りたいという気持ちは本物です。
 親父さんは死ぬ寸前にお兄さんや娘さん。それに奥さんのことを思っていました。
 すまない。そういう気持ちでいっぱいだったんです。
 だからこそ、今でも親父さんはお兄さんたちを必死で守っているんです。
 俺はその気持ちに応えたい」
それを聞いた俺は足元から崩れ落ち、その場に跪いた。
ジョンが俺の肩を掴む。
「俺を…信じてください」
俺の肩を掴むジョンの手は、温かった。

深夜。俺は眠れずにいた。少しでも油断することが怖かった。
「ジョン、俺の親父は大丈夫なのか?あんな女と戦っているんだろ?」
ジョンはノートPCのキーボードを叩きながら答える。
「女はお兄さんだけでなく、お兄さんの家族にも侵入しようとしています。
 だから、お兄さんの守護は俺に任せてもらって
親父さんにはそちらの守護に専念してもらっています」
俺は頭を抱えた。
「なんてこった…。あの女、俺の家族にまで…」
「大丈夫です。親父さんが守ってくれます」
俺はコップの水を飲んだ。
「なあ、ジョン。俺の守護霊が親父だってのは、なんとなく判った。
 でも、お前の守護霊は居ないのか?
 ほら…、お前、身内が居ないって言っていたし…」
「居ますよ。俺の守護霊は社長です」
「はあ?お前、社長は生きているだろ?」
「守護霊も悪霊も、生きているか死んでいるかは関係ありません。
 一言に霊と言うと、死んだ人を想像するかもしれませんが、違います。
 さっきも言いましたが、悪霊は自身の感情や意志に依存して存在し
 守護霊は温かい記憶に依存して存在します。
 俺の中で社長の温かい記憶がある。だから俺の中で社長が形成され
 俺の守護霊として存在しています。
 これは俺だけじゃなく、普通の人も同じです」
俺はコップの中の水を見つめた。
こいつに出会ってから不可思議なことばかりを聞かされる。

不意にチャイムの音が部屋に鳴り響く。俺は驚いてソファから滑り落ちた。
「こんな時間に誰だろう?」
ジョンが立ち上がり、玄関口に向かう。
「おい、大丈夫なのか!?あの女じゃないのか!?」
ジョンは微笑みながら「大丈夫ですよ」と答えた。
玄関を開けるとそこには社長が居た。
社長は部屋の中に入るとソファに座り、タバコに火を点ける。
「調子はどうかしら?若年性浮浪者モドキ君…」
じゃ…若年性浮浪者モドキ君…。なんだか、この人に勝てる気が全くしない。
ジョンがグラスにワインを注ぎ、社長に差し出す。
「こんな深夜に、どういった御用件ですか、社長?」
「ああ、あんたがメールで送ってきた計画書ね…、読んだわ。筋は悪くないわね」
「有難う御座います」
「でも、決定的な勘違いをしているわ」
「勘違い?」
ジョンの表情が曇る。
「まあ、仕方ないわ。私もそれに気付いたのは、ついさっき。
お前が気付かないのも無理は無い」
「どういうことですか?社長?」
社長は灰皿にタバコの灰を落とす。
緊迫した雰囲気が部屋に充満していた。

社長はワインの入ったグラスに口をつける。
赤いワインの入ったグラスを、しなやかに扱う指の動きが印象的だった。
「先刻、この若年性浮浪者モドキ君のドッペルゲンガーが現れたわね」
「はい、俺も強制的に見せられました。俺も侵入されていたんです」
ジョンは悔しそうな表情を浮かべる。
「私はお前の現場実習開始当初に、安全装置として若年性浮浪者モドキ君に
 予め、防壁を仕込んどいた。万が一を考慮してだ。
 だが、それは突破され、あまつさえ奴はドッペルゲンガー作り出した。
 私の見立てでは、あの薄汚い女にそんな力は無かったはず。
 違和感を覚えないか、ジョン?」
「確かに俺も驚きました。まさか社長のファイアーウォールが破られるなんて…
 でも違和感と言うのはなんですか?何かあるんですか?」
社長は深くタバコを吸い込んだ。
「あの薄汚い女は中心ではあるが本丸ではない、ということだ。
 私ですら、さっきまで気付かなかったほどに本丸は深いところに居る。
 恐らくそいつは死人ではなく生き人の可能性が高い。
 しかも、かなりの腕前の持ち主だ。こいつは予想以上に根の深い問題だな」
俺は黙って話を聞いていた。なんだか、話がとんでもない方向に向かっている。
「そっちの本丸の方は私に任せろ。
こいつは若年性浮浪者モドキ君の依頼の範疇を越えている。
 タダ働きでやるのは嫌だが、仕方あるまい。放置するにしては危険すぎる。
 ただし、薄汚い女、並びに3人の男はジョン、お前が責任をもって除霊しろ。
 いいか?浄霊しようとしなくていい。除霊することに専念しろ。
判ったか、ジョン?」
社長はそう言うとグラスの中のワインを、しなやかな手つきで飲み干した。

社長が部屋から退室し、再び俺とジョンの二人きりになる。
去り際に社長がこんなことを言った。
『この件が終わったら父親の墓参りに行けよ。寂しがっているぞ。
 あと、寝ろ。眼の下のクマが酷いぞ』
そういえば、ここ最近、あまりにも色んなことが起きて
ろくに親父の墓参りにも行ってなかった。
この騒動から無事に生きて帰れたら、親父の墓参りに行こう。俺はそう思った。
俺はソファに座り、惚けていた。なんだか、とても疲れた。
眠ることが怖かったが、睡魔には勝てなかった。
俺はいつしか眠りに落ちていた。
気が付くと俺はどこかのビルの屋上に立っていた。
「ここは?」
深夜のビルの屋上に冷たい風が吹く。
「ジョン!?おい、ジョン!?」
大声でジョンに問いかけるも返事は返ってこなかった。
俺は辺りを見渡すと視界の端に何か居ることに気付いた。
その瞬間、頭に殴られたような強い衝撃が走る。俺は力なく、その場に崩れ落ちた。
地面に倒れた俺を、見たことの無い巨躯の男が見下ろしていた。
「なんだ…お前…?」
男はしゃがみこむと俺の髪を掴んだ。
「悪足掻きするなよ。どうして素直に死なない?」
男の後方にキチガイ女と医者、警察官、看護師の姿が見える。
俺の全身の血が沸騰した。

『私ですら、さっきまで気付かなかったほどに本丸は深いところに居る。』
俺は社長の言葉を思い出していた。
こいつがそうだ。俺は直感的にそう思った。
「テメェかぁ!!!テメェが俺を!!」
男が俺の頭を地面に叩きつける。俺は頭に生温いものを感じた。
それでも俺は男を睨みつける。
許せなかった。どうしても俺をこの騒動に巻き込んだ、この男が許せなかった。
「テメェだけは…テメェだけは絶対に許さねぇ!」
男の表情が暗く曇る。
「お前が俺を許す、許さないじゃない。俺がお前を殺すか殺さないかだ。
 厄介なオカマも引き込んでくれたし、いい加減、俺も頭にきた。切れそうだよ。
 お前の家族もくれなきゃ、妹も納得しないそうだ。
素直に死んどけば良かったのに、困ったことしてくれたな」
男は歯軋りしながら、そう言った。俺は男の胸倉を掴んだ。
「家族に手を出すことだけは絶対に許さねぇ!!」
男は俺の腕を払いのける。
「お前の父親も同じことを言っていたな。親子揃ってしぶといにも程がある。
 もういい。俺も本気でお前が殺したい」
俺の後方から足音が聞こえる。
振り返るとそこには俺が居た。ドッペルゲンガーだ。
『お兄さん、あいつに絶対に触れないで下さい!!
 触れたら俺でも社長でもお兄さんの命を助けられない!!』
俺は全力で走った。



740 :走 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/18(木) 00:21:21 ID:j0e1jDQW0
俺は全力で走った。
致死率100%と言われるドッペルゲンガーから逃げる為に。
頼みの綱のジョンは居ない。周りに居るのは敵ばかりだ。
狭いビルの屋上。逃げ場など無かった。
俺は出入り口のノブを回した。鍵がかけられている。ビクともしない。
後方には俺が居る。俺に触れたら俺は死ぬ。
「おいおい、もういいだろう!?手間取らせんじゃねぇよ!!」
巨躯の男が苛立つ感情を剥き出しにして怒鳴る。
俺が迫ってくる。俺はこの時、必死に考えた。逃げる方法を。助かる方法を。
俺は屋上のフェンスを乗り越えた。
「これは夢だ。夢なんだ。現実じゃない」
俺は自分に言い聞かせた。目前には奈落の光景が見える。思ったより高い。
後方を振り返ると俺がゆっくりと歩いてくる。
その時、不意にキチガイ女と眼が合った。
女は笑ってやがった。俺の中に怒りがこみ上げて来る。
生きるんだ。俺は絶対に死なない。絶対に生きるんだ。
俺は雄叫びを上げた。飛び降りてやる。ここから飛び降りてやる。
「ヘイ!!確かにここは現実じゃねぇけどよ!!
落ちれば、それなりに痛いぜ!?お前、それに耐えられるのか!?」
巨躯の男が俺に問いかける。
「絶対にお前だけは許さないからな」
俺は、そう言い捨てると、ビルの屋上から飛び降りた。

激痛。それを表現するのに、この言葉以外に思いつかない。
ビルから飛び降りた俺は脚から落下し、地面に頭を叩きつけられた。
まるで蛙のように、惨めに地面にへばりつく俺の周囲に赤い血が広がる。
意識がなくならない。今まで体験したことの無いような激痛がはっきりと認識できる。
死にかけの蛙がひくつきながら痙攣するのと同様に、俺の体は小刻みに揺れた。
俺の視界の先に、ビルの出入り口から出てくる俺が見えた。
「来る…な…」
消え入りそうな蝋燭の如く俺は呟いた。これが精一杯の抵抗だった。
容赦なく俺は俺に近づき、俺の目前までやってきた。
俺は俺を見下ろしていた。体は痛みに支配され、もう逃げることもできない。
俺はもう一人の俺を、力の限り睨んだ。俺は俺に負けたと思われたくなかった。
もう一人の俺はしゃがみこむと、俺の背中に手を置き「見いつけた」と言った。
溶け込むように俺が俺の体内に入ってきた。
完全な同化。奴の心と俺の心が一つになる感覚。
俺は俺に溶け込み、俺の心を支配した。
この瞬間、ジョンがドッペルゲンガーに触れられると
確実に死ぬ、と言った意味が判った。
暗闇が全身に拡がる。俺は終わった。終わったんだ。
心が引き裂かれるような、とてつもない暗闇に俺は放り出された。
負の感情が俺の中に溢れ出す。
俺は朦朧とした。生きることに希望なんて何一つとしてない。
この世に居たってどうしようもない。死んだほうが良い。
ただ死にたい。本当にそれだけだった。
なんでも良い。死ねるならロープでもガソリンでも俺にくれ。
自殺がしたい。自殺をさせてくれ。なんでもする。だから俺を自殺させてくれ。
俺はドッペルゲンガーに完全に支配されていた。

「お兄さん」
朝。ジョンに呼ばれて俺は眼が覚めた。全身が汗で濡れている。
俺は周囲を見渡した。ホテルの一室。ここは俺が居たホテルの一室だ。
俺は全身を弄った。どこにも異常はない。
ジョンがコーヒーを差し出す。
「大丈夫ですか、お兄さん?」
俺は確かにドッペルゲンガーに触れられた。でも今は死にたいとは思わない。
俺は助かったのか?現実を俺は把握出来ずにいた。
「混乱しているみたいですね、お兄さん。もう大丈夫です。
 ようやく俺にも見えました。あいつがお兄さんの敵なんですね」
ジョンの言葉に俺は驚いた。
「どういう…ことだ、ジョン?」
「お兄さんには申し訳ないと思ったのですが
 お兄さんのファイアーウォールを一時的に弱めました。
 案の定、敵の本丸はお兄さんに侵入してきた。狙い通りです」
俺はジョンの言葉の意味を理解し切れなかった。
「じゃあ、わざとアイツを誘き寄せたのか?」
「そうです。お兄さんには囮になってもらいました。
 勿論、お兄さんの安全が第一です。その為の対策をした上で実行しました」
なにがなんだか、俺にはさっぱり理解出来なかった。

俺はコーヒーを一気に飲み干した。
「冷静になろう、ジョン。俺に何をしたって言うんだ?説明してくれ。何をしたんだ?」
ジョンはタバコに火を点けた。
「敵はお兄さんに対して分身、ドッペルゲンガーを使ってきました。
 これは高度な技術を要します。敵は相当な腕の持ち主です。
 でも、社長はこう推理しました。
 『敵は自分と同等の力の持ち主と出会ったことが無い』
 お兄さんに対する敵の陰湿で強引なアプローチから
 敵は力こそA級でも経験は浅い人間だと推理したんです。
そこで罠を仕掛けました。
 敵がお兄さんのドッペルゲンガーを使うなら
こちらもお兄さんのドッペルゲンガーを使う。
 敵も自分以外にドッペルゲンガーが作れる人間が、居るとは思わなかったのでしょう。
 完全に疑うことも無かったですね」
ジョンは微笑みながらそう言った。
「ドッペルゲンガー?どこが?どこら辺が?何がドッペルゲンガーなんだ?」
俺は尚もジョンに問いかける。訳が判らない。
「お兄さんが敵の作ったビルの屋上に立った時点から
お兄さんは社長の作ったドッペルゲンガーです。
 流石に意識のない人形だと疑われるので、半分ほどお兄さんの意識を入れました。
 お兄さんには怖い思いをさせてしまいましたけど
 おかげで俺と社長が見ていることに全く気付かれませんでした。
 いけますよ。社長が本丸の男の捜索に乗り出しました。
 ここからが探偵の腕の見せ所です」
俺は唖然とした。そうならそうと、前もって言ってくれ。

昼。俺は一枚の食パンを前に困惑していた。
ここ暫く、ろくな物を食っていないのに食欲が全く湧かない。
一枚の食パンですら、今の俺には重い。
「なあ、ジョン。さっき社長が本丸の男の捜索に乗り出したって言ったよな?」
スパゲティを頬張りながらジョンは答える。
「ええ。社長は朝の便で北海道に向かいました」
「北海道?」
「社長があの男に侵入して居場所を特定したんです。
恐らくあの男も今頃、泡食っているでしょうね。
絶対に社長からは逃げられませんよ」
「なあ、ジョン。アイツはやっぱり生きた人間なのか?
 あんなことが人間に出来るものなのか?」
ジョンはスパゲティを平らげるとカレーライスに手をつけた。
「俺も驚きました。社長以外にあんなことが出来る人間は初めて見ましたよ。
 あれほどの力の持ち主が、野に放たれていたなんて恐ろしい限りです」
ジョンはカレーライスを平らげると次はカツ丼に手をつけた。
異様に次から次へとジョンは食いまくる。
「おい、ジョン。食いすぎじゃないか?」
食欲の無い俺からすると、ジョンの食う姿が異常に見える。
「これからの作業は体力要りますから、食っておかないと。
 夕方までに社長が本丸の男を押さえます」
 つまり…、クライマックスですよ、お兄さん」
そう言ってジョンは優しく微笑んだ。
それを聞いた俺は食パンにバターを塗り、平らげた。



748 :光 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/18(木) 00:30:46 ID:j0e1jDQW0
クライマックス。ジョンはそう言った。
社長が本丸の男を押さえ、ジョンが俺の除霊をする。
ついに、あの女との戦いに終止符が打たれようとしていた。
俺は吐きそうになりながらも、無理やり胃の中にメシを詰め込んだ。
生きるか死ぬかを超越して、俺は奴らにだけは負けたくなかった。
夕方。ジョンは俺をベッドの上に寝かせた。
「これから何が起こっても絶対に気持ちだけは負けないで下さい、お兄さん」
ジョンの言葉に俺は強く頷いた。
気持ちだけなら俺は絶対にあんな奴らに負けない。
ジョンは時計を見ながら、深呼吸をすると「そろそろですね」と言った。
「お兄さん、次に俺の携帯が鳴った時が合図です。
俺は一気にお兄さんに侵入します。
恐らく後ろ盾を失った女は、激しく暴れるはずです。
俺がお兄さんの所に辿り着くまで持ち堪えて下さい」
俺はジョンの手を握った。
「信じているからな」
ジョンは真っ直ぐに俺を見つめながら頷いた。
その瞬間、ジョンの携帯の着信音が部屋中に響き渡った。

気が付くと俺は、見覚えの無い洋館らしき建物の中で
木製の椅子に座らされ、縛り付けられていた。
目の前には下った階段が見える。
俺は建物の中を見渡した。どこも古びた感じがする。
洋館の内部には夢の中のような違和感が在った。確かに以前より弱い。
俺はゆっくりと眼を閉じた。ジョンが俺を助けてくれる。そう信じていた。
俺の後方に人の気配を感じた。
「キチガイ女か?」
俺は問いかけた。
すると後方の人の気配は、這うように俺の首に腕を巻きつけてきた。
俺は確信した。キチガイ女だ。
「お前が何故こんなことをするのか、今はもうどうでもいい。
 俺はお前から逃げることばかりを考えてきた。本当に怖かった。
 でも、俺はもう一人じゃない。親友が出来た。
 もう、お前は怖くない」
キチガイ女は、強く俺を抱きしめた。
「一緒に居たい…」
俺は頭を横に振った。
「俺は生きている。お前は死んでいる。この差は絶対に埋まらない。
 お前には、お前の欲望があるのかもしれない。
 俺はそれに応える訳にはいかない。俺は生きたいんだ」
俺とキチガイ女の間に静寂が流れる。
キチガイ女は俺に抱きついたまま、静かに泣いていた。

泣いているキチガイ女に以前のような気味の悪さは無かった。
キチガイ女の声は、前に聞いた声と変わらない。
確かにキチガイ女だった。
それでも不思議なくらいに以前とは印象が違う。
俺は不思議だった。後ろ盾を失って暴れるかと思いきや
キチガイ女は俺に抱きつき、静かに泣いている。
「お前…もしかして…」
俺はそこまで言って言葉を呑んだ。俺にはその先の言葉が言えなかった。
その時、洋館の玄関が静かに開く。
そこにはジョンが居た。
「お兄さん、迎えに来ました」
ジョンはそう言うと階段を昇り、キチガイ女を睨む。
キチガイ女は何もすることなく、俺からゆっくり離れると
ジョンを素通りして階段を静かに降りていった。
階段の下で立ち止ったキチガイ女は、ゆっくりと振り返り、俺を見つめた。
女の顔に俺は驚いた。
以前のような禍々しさは無く、キレイな顔だった。
今までとは違う、少女のような切なく悲しい表情が俺の眼に焼き付いた。
女は踵を返し、振り返ることなく玄関の向こう側に消えていった。
「どういうことだ、あの女…」
俺は呟いた。想像した展開とはあまりにも違う幕切れだった。
「あの女の後ろ盾も、あの3人も消えていなくなりました。
 もう勝ち目は無いと諦めたのでしょう。
 あの女もお兄さんの中から完全に消えました。俺たちの勝ちです」
ジョンは、この戦いの勝利宣言をした。しかし俺の中に歓喜の感情は無かった。

俺を椅子に縛り付けていた拘束具をジョンは外した。
椅子から立ち上がった俺の体は、不思議なくらいに軽かった。
俺とジョンは連れ添い、ゆっくりと階段を降りた。
玄関の先には眩しい程に光が降り注いでいた。まるで希望の光だ。
俺たちは玄関の向こう側に進んだ。
その時、俺の視界の端に人影が見えた。
振り返ったその先には、俺の良く知る人物が立っていた。
「親父…」
親父は静かに頷くと、本当に優しく微笑んだ。
俺の眼からは止め処も無く涙が溢れた。親父の優しい笑顔に涙が止まらなかった。
俺は親父の前で子供のように号泣した。本当に子供のように…。
「お兄さん」
俺はジョンに呼ばれて目覚めた。
地上20階に位置する豪華なホテルの部屋。俺たちは戻ってきた。
「ああ…、長いこと悪い夢を見ていた気分だ。
 でも…最後は良かったよ…。ジョン、ありがとうな」
「いえ、俺だけじゃありません。社長や親父さんも頑張りました。勿論、お兄さんも。
 あの囮作戦の時、お兄さんは敵の手から逃れる為にビルから飛び降りましたよね。
 現実じゃないと判っていても、あんなことを普通は出来ません。
 しかも、敵の本丸に向かって啖呵まで切って。
その、お兄さんの勇気があればこそですよ」
「いや、俺は…」
そう言って俺は黙り込んだ。俺は一人だったら、とっくに死んでいた。
そして、今も情けないことを考えていた。

「なあ、ジョン。あの女のことなんだが…」
ジョンは俺にコーヒーを差し出した。
「言いたいことは判ります。最後に俺もあの女に侵入しましたから…。
でも、気にしないで下さい。全部、終わったんです」
俺はコーヒーを飲みながら、窓の外に広がる夜景を眺めた。
切ない思いを振り切るように、俺は夜景を眼に焼き付けた。
その後、俺は安堵からか、高熱を出し、病院に緊急入院した。
3日間程、高熱に苦しんだ後、俺は奇跡的な回復を遂げ
折れていた左腕の骨も、医者が眼を丸くする程の速さで回復した。
最悪だった体調も完全に復調し、俺は以前の健康な体を取り戻した。
入院中、ジョンが何度も見舞いに来てくれた。
こいつは本当に良い奴だ。
最悪と言える騒動の中で、ジョンと出会えたことだけは神に感謝したい。
後日、俺は改めて社長にお礼を言いに行った。
相変わらずのヒステリックぶりで俺が感謝の言葉を述べると
『感謝の言葉より感謝の金をよこせ!』
と言ってきた。ある意味、予想通りだったので問題はない。
それから社長に『絶対に父親の墓参りに行けよ』と言われた。
俺は久しぶりに、家族揃って親父の墓参りに行った。

久しぶりに来た親父の墓は土埃で汚れていた。
俺は予め用意していた掃除用具を取り出し、念入りに親父の墓を磨いた。
「家族を助けてくれて、ありがとう。守ってくれて、ありがとう」
そんな気持ちを込めて念入りに磨いた。
母も姉も必死に墓を磨く俺を眺めて、何故そんなに一生懸命に磨くのかと
不思議そうにしていた。
俺は母と姉の二人にも掃除道具を渡し、墓磨きに協力してもらった。
心なしか、親父の笑い声が聞こえた気がした。
その後、俺たちは家族でレストランに入った。
久しぶりの家族団欒だった。
食後に俺はトイレに入った。入り口を開け、トイレの中に入る。
そこは、ビルの屋上だった。
驚いた俺は周囲を見渡す。
俺の視線の先には、あの騒動の本丸の男がフェンスに寄りかかりながら
タバコを咥えていた。
「よお」
気軽な挨拶をすると男は俺に近づく。
「俺に近付くんじゃねぇ!!」
俺は怒鳴った。
「はは、怖いねぇ。そんなに怒鳴るなよ。なにも危害を加える気はねぇよ」
男は尚も俺に近づく。
「なんのつもりだ!?いったい、何しに来た!?」
怒鳴る俺を無視して男は俺の眼前に立つと、思いがけない言葉を発した。
「事の顛末を知りたくないか?」



786 :顛末 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/18(木) 01:19:48 ID:j0e1jDQW0
「事の顛末だと?」
男は俺を嘲るように微笑んだ。
「心配するな。あのオカマ社長の許可は取ってあるよ」
男は俺の胸に拳を当てた。
すると男の拳は何の手応えも無く、俺の体をすり抜けた。
「ほらな。俺からお前に何かすることは出来ないんだよ。
 あのオカマにお前は完全にガードされているし
 俺もあのオカマに能力の根源を握られている。
 今の俺はオカマに金玉抜かれた腑抜けなんだよ」
俺は後ずさりをした。
「俺に何を聞かせたい?」
男はどこからか椅子を取り出し、腰掛けた。
「さっきも言ったろ?事の顛末さ。
 どうして俺と妹がお前を狙ったのか。何故、殺そうとしたのか。
 お前には聞く権利があるんだよ」
確証は無かったが、男に害意はないように思えた。
確かに俺も、この騒動の動機と理由が知りたい。
俺の心にある霧の正体が知りたかった。
「判った。なら聞かせてくれ。事の顛末を」
「そうこなくちゃな。わざわざ、来た甲斐が無い」
そう言うと男はタバコを地面に捨て、足で揉み消した。

「初めにお前に出会ったのは、お前がバイクで小樽に来たときだ。
 確かツーリングだっけ?お前はそれをやりに来たんだ。
 俺はたまたま小樽に用が有って来ていた。
その時、妹の奈々子がお前に目をつけたんだ。
 何故なら、お前が奈々子にとって羨ましい存在だったからだ。
 まるで光に群がる虫のように奈々子はお前に惹き寄せられた」
俺は困惑した。
「何故、俺なんだ?俺の何が羨ましかったんだ?」
「お前の中に温かい家族の繋がりが見えたのさ。
それが奈々子には心底、羨ましかった。
俺たちの家族はな、言っちゃ何だが、クソの肥溜めそのものだった。
特に奈々子は生前、そうとう、あのクソ親父に責められた。
口に出すのもおぞましいぜ。実の父親が娘を性の対象にするなんてよ。
しかも親父は極端なサドでよ。ひでぇもんだった。
だが、俺も人のことは言えねぇ。苦しむ妹を、見て見ないふりしたんだからな。
母親はとっくの昔に死んで居なかった。
だから妹にとっちゃ、俺は唯一の頼りだったんだ。それを俺は見捨てた。
面倒臭かったんだよ、正直、言って。俺にはどうでもいいことだった。
奈々子にとっては絶望的だったろうよ。アイツは一人で警察に行き、助けを求めた」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
俺は男の話を遮った。
「気持ち悪くなったか?そうだろうな。クソの肥溜めの話だ。無理も無い」
男はポケットからタバコを取り出し、口に咥えた。
さっきまで人を嘲るように笑っていた男の顔は、深海のような冷たい表情だった。
話の内容よりも俺は、この男の表情に恐怖を感じていた。

「いいか?続けるぜ?」
俺は無言で頷いた。なるべく男の顔を見ないように気を付けた。
「奈々子は警察に助けを求めたが、全て無視された。
 親父はクソだが、精神科医としてはエリートだった。
 警察にも協力していたし、署の幹部とも仲が良かった。
 奈々子は対応した警察官に、人格ごと全てを否定されて追い返されたんだよ。
 更に絶望した奈々子は遂に精神を病んで精神病院に入院した。
 しかも、親父の病院にな。
 そこでも奈々子は酷い扱いを受けた。
警察に訴えた奈々子を親父は許さなかった。
奈々子の担当の看護師に言いつけて、奈々子を毎日のように暴行させた。
信じられるか?それをやらしたのが実の父親なんだぜ?
そして奈々子は自殺した。どこからか持って来たロープで首を吊ってな。
そこで俺は初めて泣いたよ」
黙って俺は男の話を聞いていた。
男の家族と俺の家族。まるで正反対の家族だった。
「奈々子は自殺した後、この世を彷徨い、俺の所に来た。
 奈々子には才能はあったが、俺のような能力はなかった。
 だから、俺に復讐の話を持ちかけたんだ。俺に協力しろってな。
 勿論、それを俺は断ることも出来た。
だが、俺は奈々子が死んでから、初めて気付いた感情に逆らえなかった。
俺は奈々子を愛していた。自分勝手な話だがな」

「俺は奈々子に協力し、親父と警察官、それと看護師を殺した。
俺はそれで奈々子が満足すると思っていた。
だが、それは違った。
俺は霊というものに対する知識を中途半端に持っていたに過ぎない。
どんなに復讐を遂げても奈々子はもう死んでいる。
俺の目の前に居る悪霊と化した奈々子は奈々子であって奈々子じゃない。
ただの情念の塊だ。情念の塊が満足して消えることなんて絶対に無い。
俺は落胆したよ。
親父も含めて3人も殺したのに、ただ奈々子の形をした悪霊が増大しただけだった。
そんな時にお前が現れた。
ただの復讐の情念の塊だったはずの奈々子が、お前に魅かれた。
俺にとっては驚きだったよ。もしかしたら、と変な希望まで持っちまった。
だが、奈々子は死んでいる。普通の生き人とは一緒に居られない」
「それで俺を殺そうと思ったのか?ふざけるな」
「ああ、今、思えば愚かもいい所だ。だが、俺にとっては希望だった。
 お前と居れば奈々子は奈々子として戻れるんじゃないか、とな」
男の話に俺は納得がいかなかった。
「ただ、殺すだけなら、お前には何時でも俺を殺すことは出来たはずだ。
 何故、すぐにやらなかった?何故、あんな回りくどいことをする?」
俺は男に問いただした。男の表情に変化はない。
「単純に、すぐに殺しても霊はこの世に留まらない。すぐに消えてしまう。
 苦しめて、追い詰めて、不条理を与えることで
霊はこの世に強い情念を残し、長く留まる。
お前には未来永劫、奈々子と一緒に居て欲しかった」
男の言葉に俺は全身が震えた。

「北海道から帰ったお前は交通事故を起こし、重症を負った。
 あれも俺の仕業だ。
 お前の会社の人事部長の脳に侵入して、解雇通知を書かせたのも俺だ。
 左腕の骨折だけ治りが遅かっただろ?あれも俺だ。
 その他諸々。お前には色々、仕掛けたな」
俺は震える拳を押さえた。
「殴っても良いんだぜ?そこで我慢するのは元サラリーマンの悲しい性か?」
俺は男の左頬を全力で殴った。男は椅子から転げ落ち、地面に平伏した。
「まあ、一発くらいは殴らせないとな…」
男はそう言うと椅子を元の位置に戻し、再び腰掛けた。
俺は怒りで全身が熱くなっていた。
「落ち着けってのは無理な話かもしれないが、話は最後まで聞け。
 俺はお前に感謝しているんだ」
「感謝だと!?」
「最後にお前が奈々子と一緒に居たときの話だ。
 あの時、俺はオカマの部下に押さえつけられ、床に平伏していた。
事の終わりを見届けろとオカマに言われ、俺はお前たちを見ていた。
あの時…、俺は眼前の光景に我が眼を疑った。俺は奇跡を見ていた。
ただの復讐の情念の塊だった奈々子はそこには居なかった。
お前も見ただろ?あの奈々子が本当の奈々子だ。生前の頃の奈々子だったんだ。
 アイツはただの、か弱い女だった。あれが本当の奈々子の姿だったんだ。
 俺は泣いた。奇跡を前に俺は子供のように泣く事しか出来なかった。
 最初は光に群がる虫のように奈々子は、お前に魅かれただけだった。
 それが何時しか、本当にお前のことを好きになっちまっていたんだ」

俺は震える拳を降ろし、黙り込んだ。
「お前も薄々、気付いていたんじゃないか?」
そう言う男の顔からは、深海のような冷たさが消えていた。
最後に見た、あの女の顔を俺は思い出していた。
気が付くと俺の眼からは涙が流れていた。
「泣いてくれるのか?」
男はそう言うと静かに俯いた。
「お前は優しい男だな。あんな事をした奈々子のために泣いてくれるなんてよ。
 お前は本当にしぶとい奴だった。俺はお前の勇気に驚かされ続けたよ。
 そして、家族の愛情に恵まれた、優しい男だ。
 今なら奈々子の気持ちが俺にも判る。俺たちは愛情に飢えていた。
 本当にお前が羨ましい。
 奈々子は生前、誰かを好きになることなんて一度もなかった。
 こんな形じゃなく、奈々子が生きている間にお前と出会えていたら…。
 お前のように俺にも勇気があれば、こんなことにはならなかった」
俺は泣いた。あの女を思い、泣いていた。
あの女は敵だ。あの女が俺に何をしたのかは忘れない。
それでも俺の眼から流れる涙は止まらなかった。
男は椅子から立ち上がると、天を仰いだ。
「俺も奈々子も散々、人を苦しめた。天国には行けねぇ。
 奈々子も地獄に落ちたよ。アイツは生まれ変わっても、また辛い人生を送る。
 でもよ…、もし、お前がアイツに再び、出会ったなら…。その時は…」
男は踵を返し、背を向ける。
「…自分勝手にも程があるか…」
男は静かにうなだれる。その背中には悲しみが色濃く映し出されていた。



811 :終始 ◆lWKWoo9iYU :2009/06/18(木) 01:55:36 ID:j0e1jDQW0
俺は事の顛末を知った。俺には泣くことしか出来なかった。
男とあの女の悲しい過去。俺の知らない家族の話。
全てが俺の胸に突き刺さり、涙を溢れさせていた。
俺はただただ悲しかった。
「じゃあな」
男はそう言うと俺から離れていく。
「これから、お前はどうする気なんだ?」
俺の問いに男は足を止める。
「俺には初めから守護霊なんてものはいない。
 自分の身は自分で守ってきた。
 だが、俺はもう能力を封印する。
 俺がお前を苦しめたように、今度は俺が苦しむ。
 もう、お前とは会うこともねぇ。
 俺の行き着く先は妹や親父と同じ所さ」
そう言うと男は俺の目の前から消えた。
俺はレストランのトイレに戻ってきていた。


トイレの洗面所で泣き腫らした顔を洗った。
俺はあの男の言葉を思い出していた。
『俺の行き着く先は妹や親父と同じ所さ』
あの家族に救いは訪れないのだろうか。
一度、人は道を外すと元には戻れないのだろうか。
俺は世の無常を感じていた。
トイレから出た俺は家族の待つテーブルに帰ってきた。
幸せな光景。あの家族は、この光景を一度も見たことは無いのだろうか。
俺の胸は切なさでいっぱいだった。
「ちょっとぉ、なにボーとしてるのよ」
姉の声に俺は我に返る。
「ああ、悪い。ちょっと考え事しててさ」
「さっきから、あんたの携帯、鳴りっ放しだったよ。
 なんか、出ても悪いかなぁと思って放置してたけど」
俺は自分の携帯を見た。確かに5件も着信履歴が在る。
相手はジョンの携帯だった。
何の用だろうか。俺はリダイヤルした。
「もしもし。お兄さんですか?」
「ああ、なんだ、ジョン?何回も着信履歴が入っていたけど、急ぎの用事か?」
「いやぁ、俺がお兄さんに対して、急ぎの用事って訳じゃないんですけどね。
 社長が今すぐ事務所に来いって」
「社長が!?」
俺は携帯を切ると家族に謝り、レストランを飛び出した。
社長を待たせること程、怖いことは無い。

全力で走り抜け、俺は社長の待つ、探偵事務所に辿り着いた。
「ご…御用件は…はぁ…はぁ…なんですか、社長…はぁ…はぁ」
社長はタバコを灰皿に押し付けた。
「はぁはぁ、気持ちが悪い!先ず、呼吸を整えろ、馬鹿!」
俺の目の前に一杯の水が差し出された。
「お兄さん、飲んでください」
ジョンだった。
「ああ…、ありがとう。ジョン」
ジョンは優しく微笑んだ。
ジョンのくれた水を俺は一気に飲み干し、呼吸を整えた。
「良いか?とりあえず、この書類に眼を通せ」
社長の差し出した書類を俺は見た。
そこには内定通知書と書かれていた。
「これは…、なんですか、社長?」
俺は唐突な書類の内容に戸惑った。
「見て判らないか?お前を我が社に採用すると言っているのだ。
 お前は未だに無職なのだろう?私がお前を雇ってやる」
社長の言葉に驚いた俺はジョンの顔を見る。
ジョンは笑顔でサムズアップをしていた。

「え!?いや、嬉しい!けど…。ど、どういうことですか、社長?突然で…」
「戸惑っているのか?」
社長は妖しく微笑む。
「実を言うとな。お前の敵だった、あの男に頼まれたのだ」
「あの男に!?」
俺は驚いた。あの男が社長に頼みごとを?
「私も驚いたよ。我が社の口座にいきなり1000万円も振り込んで
 お前を雇ってくれと頼み込んできた。
 せめてもの罪滅ぼしとでも思ったのか。それともお前が気に入ったのか。
 1000万円もあれば、どんなペーペーでも一流に育つ。
 私は快諾したよ。その気持ちを受け取るかどうかは、お前次第だがな」
俺は迷うことなく「御願いします」と言い頭を下げた。
「お前には霊能の才能が欠片しかないから、探偵として雇うことになる。
 言っとくが、甘くは無いぞ。覚悟しておけよ?」
そう言うと社長は微笑んだ。ジョンも笑っていた。
俺は探偵として生きていくことを決めた。

俺の物語はここで終わる。
探偵として歩み始めた俺には様々な出来事が起きる。
でも、それはクライアントの物語。
守秘義務の関係上、これ以上は書けない。
あの騒動で俺は強くなった気がする。
今でも時折、あの女のことを思い出す。
あの女は今も、どこかで苦しんでいるのだろうか?
もし、再びアイツと出会ったなら…俺はその時…
アイツを助けてやりたいと思う。




正直、大迷惑かと思ったが、こんなに楽しんで貰えて、心底嬉しい。
途中で書かれていたが、俺はウニでも祟り屋でもない。
書くのは、これが最初。
そして最後だ。
もう会うこともないと思うが、お前たちが俺の物語を楽しんでくれたことに心底感謝する。