え、結界内では何が起きても不思議はないのですから」
「ではどうするのが最善だと?」ermes ショルダー
「私も『城』の中に踏み込むのは初めての経験です。私の知識も全て私の師匠から伝え聞いたものですが、『城』の中では相手にとって都合の良い展開がなされます。まずは的確な陣形を組み、ゆるゆると進むのがよろしかろうかと。罠があれば私ができる限り見破りますので、慎重に事を運びましょう」
「なるほど。ではそのように」
「隊長、そうも言ってはいられないようです」
ラーナの言葉に納得しかけたラファティだったが、否定したのはクルーダスだった。彼は円陣の一番外周にいることで、何らかの危険を察知したようだった。彼は先にある三つの廊下の闇をじっと見つめると、そのうち一つから突如飛んできた何かを剣で叩き落とした。
「これは果物ナイフか?」
飛んできたのがクルーダスの方向だったからよかったようなものの、そうでなければ負傷者が出ていたかもしれない。クルーダスは素早く自分の手甲の中に仕込んだ匕首(あいくち)を闇に向かって投げつけると、闇からはぎゃっと叫ぶ声が聞こえたのだ。
クルーダスは反射的に追撃に移ろうとするが、それをマリオンが止めた。
「駄目だ。行くな、クルーダス」
「だがしかし」
「そのような命令は出ていない。ここは専守防衛だ、そうでしょう隊長?」
「そうだ。まだこちらを脅かすほどの攻撃ではない。冷静になれ」
「む」
兄でもある隊長の言葉に、クルーダスは剣を構えつつも攻撃の気を鎮めた。そうして敵の殺気が消えたかと思うと、ちりーんという鈴の音の後に、闇からまさに幽鬼のごとく姿を現した者がいたのだ。その男は顔に無表情の仮面をつけ、さながら仮面舞踏会のように礼装に身をつつんでいた。場違いな者の出現だったが、騎士達の警戒は最大に上がっていた。
再びクルーダスが問いかける。
「何者!」
「怪しい者ではございませぬ」バーキン エルメス
見るからに怪しい者に堂々とそう言われて、クルーダスは逆にどう次の言葉を言うべきか悩んでしまった。
仮面の男は続ける。
「私はこの館の主人、ランブレスの執事でございます。この度は私の主人めの遣いでまいりました」
「ランブレスの?」
騎士達は顔を見合わせる。
「左様にございます。今のこの状況はわが主人も望んではおりませぬ。そしてこの状況を打開すべく時をうかがっておりました。今がその時ということで、私はここに来たのでございます」
「つまりは、我々に協力する、と?」
「おっしゃる通りでございます」
執事を名乗る男は恭しく礼をしたが、ラファティは半信半疑であった。何よりランブレスはとうに死んでいるはずの男である。それは誰しもが同じことを考えたらしく、一様に横目でラファティの判断を待った。だが当のラファティとて判断材料があるわけではなく、ラーナにこれまた目線で意見を仰いだが、彼女はゆっくりと首を横に振るだけだった。ラーナにも確たることは何も言えないようだったのだ。
ラファティは困惑しながらも、ランブレスの執事を名乗る者に質問した。
「用向きはわかった。その上でいくつか問いたい」
「どうぞ。ただし時間があまりありませぬ」
「時間がないと?」
「はい。そら、あちらの方から」
執事が指さしたのは、廊下の一つ。執事が現れたのとは反対の廊下では、空間がぼやけていたのだった。その空間の歪みとでもいうべき部分は、徐々にラファティ達に近づいてきているように見える。
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