こんばんは。ただいま帰省中のics編集部(員)です。



今、ポケモンセンターが仙台パルコに出張しに来てくれています。新作”ブラック””ホワイト”のプロモーション真っ盛り。ちゃっかり友人とのぞいてきました。笑顔の素敵なお兄さんの薦めるがまま、あれよあれよとうちわもリーフレットもピチューのお面もゲットしたのはいいんですがまあ周りにいたお子様の瞳に我々がどのように映ったのか気にかからないわけでもない。そんな御年頃。レシラムもゼクロムもかーっこいーい。



創刊号でも取り上げさせて頂いたポケットモンスターシリーズですが、噂によれば今回も予約がいっぱいらしいです。都内の生活圏内全ての電気屋をめぐりめぐって結局手に入らなかったハートゴールド・ソウルシルバーの二の舞を踏まないように私も頑張りたいところ。とりあえずブラックを買って、様子を見てホワイトもという購入計画はたてたので、次は最初の三匹のどれを選ぶかが問題ですね。普段なら炎系をチョイス。しかし今回は草ポケモンのあいつがイケメンで困っています。とはいえ、最初のポケモンってわりとさっさと次に進化しちゃうので、一番最初のビジュアルだけで決めるのも危険なのはわかっているのです。結局一番長く目にするのは最終形態なわけですから、そこらへんも考慮にいれたい。あーあと主人公の名前もね、その時にはまっているなんかからとったりすると後々熱が冷めたときに厄介ですよね。デフォルトネームが無難なのはわかっているんですけどほらせっかく旅路に出ると思うとね。



自分のこととなると、少年時代がいつ終わったのかあんまり覚えていないのです。そんなもんですか。受験期に缶詰していたちっさいホテルのフロントで、携帯越しに合格発表通知を聞いて鼻水流してたあたりってのは少年だった気がするんですけど、その後どうなったんでしょう、わたくし。



なにはともあれ、ics編集部では実年齢や年金の支払いの有無に関わらず、少年の心を忘れないポケモントレーナーを随時募集しています。











こんばんは、ics編集部です。

ics vol.1は成文堂書店様とあゆみブックス様に適宜補充させて頂いております。設置場所はどんどん拡大していきますので、よろしければ是非お手に取ってみてください。






突然ですが、『ライ麦畑で捕まえて』を読み返しています。というのも先日フジロックで「the catcher in the ほにゃらら」というロゴが入ったバンドTをしゃれおつに着こなすお姉さんを見かけ、不覚にもときめいてしまったからです。ときめきメモリアルは顎の下で髪を結んでいる娘が気になります。ほにゃらら。どこのバンドのTシャツなのか知ってる方がいたらお教え願いたいです。でももしかしたらバンドのじゃないかも。



『ライ麦』は今でもたまに読みたくなる本で、繰り返し読めるという意味ではやはり好きなんだと思います。未だにホールデンに共感できる自分は成長していないのかもしれないけど、それでいいような気もする。いいんだと思いたい。思います。

野崎孝や村上春樹あたりの訳が有名ですが、実はそれより前に橋本福夫訳も出ています。そのときの邦題が『危険な年齢』。タイトルの大切さがわかります、ね。まあつまりなんというか、フリーペーパーの方もキャッチコピーその他諸々に気をつけないとなあという話。



やっとこさ本題に入ります。「ホールデン像」なるものについて。『ライ麦』は作者のサリンジャーが映像化を最後まで拒否していたため、あれだけ著名な本にも関わらず映画化はされていません。つまり、万人が共有できる「ホールデン像」はないわけです。

私が『ライ麦』を読むときには俳優のジェイク・ギレンホール似の男性が脳内でホールデンとしてぶつくさやってくれます。これはおそらくというか確実に『グッド・ガール』の影響です。あの映画のなかではジェイク演じる青年が自らをホールデンと名乗っているんですよね。ピンク色のポップなパッケージとは裏腹に重く、いい意味で期待を裏切ってくれた映画でした。余談ですが、あの映画のジェイクは危うくて実によかった。全力でかわいかった。

脳内スクリーンに映し出されるのはペーパーバックの表紙の後姿かもしれないし、映画『ライ麦畑を探して』の少年かもしれない。サリンジャーを思い浮かべる人もいるかもしれないし完全オリジナルのホールデンかもしれない。あるいは、確かな形をもたないもやもやとした何かかも。

いずれにしてもそれらは一冊の本から生まれたイメージとしての「ホールデン像」なわけで。その意味で本には映像作品以上に映像が溢れているということもできるかもしれません。見えにくいけど。映像化という行為がそもそも本を読むために必要なものなのか、その本をより面白くするためのものなのか。その辺りは判断しかねますが、内容を体系的にとらえるためには有効な気がします。「ホールデン」だとか「俺」だとか「フィービー」だとか、紙に印刷された文字の固まりに過ぎないものが像を結ぶというのは本当に興味深いです。

描写がない部分の髪型やら体格やら服装やらは人によってかなり相違があると思いますので、その意味でも小説の漫画化や映画化あるいはドラマ化は難しいところ。大衆に共通したイメージ(しかし目には見えない)にどこまで近づけるか、あるいはぶち壊すか。うーん。




随分長くなってしまったのでこの辺りにしておきます。至らない点も多々ありますが、今後ともicsをどうぞよろしくお願いいたします。それでは。





本日、早稲田駅近くの成文堂書店様にicsを設置させて頂きました。
あゆみブックス様の方も補充致しましたので、ぜひお持ち帰り下さい。
今回の創刊にあたっては最後の最後の印刷の段階まで、ご協力頂いた皆様にご迷惑をかけ通しで本当に申し訳ございませんでした。今後は徹底してミス防止に努めて参りますので、何卒よろしくお願い申し上げます。



さて、今更ながらマクロスFをまとめて見ています。
いつか見よういつか見ようと常々思ってはいたのですけれども、月日が流れるのは早いもので早稲田の夏もうっかり2回目になってしまいました。奴のスピードには毎度深く絶望するばかりです。


で、マクロス。文化構想学部の講義でも好んで取り上げられている作品だけあってかこれが結構おもしろい。
表象メディア論的な解釈には知識不足故にノーコメントですが、他に気になるのはストーリーからも外せないポイントである歌とその中の人たち。ダブルヒロインのうちランカ・リーの声優はそのままランカの歌声も担当していて、シェリル・ノームは普段のシェリルと歌シェリルと声の担当がわかれているんですね。後者のわかれるパターンの方は今までのシリーズの伝統を踏襲したとのことですが、声優のポジションってのも最近変わってきてるような気がします。けいおん!にしろなんにしろ、キャラクターが歌う歌≠いわゆるキャラソン、。でも、”歌っている”のはシェリルであって中の人のMay'nじゃない。May'nだけどシェリル。では、May'nのライブって誰のライブかとなると、多分客によって回答にいくつかバリエーションが出てくる。従来虚像の色が濃かったキャラクターたちが今になって虚構→現実の境界線から身を乗り出してきているというか、色々はみでがちで興味深いのではないかなあと。いまさら?


まあなにはともあれ、シェリルさんの髪の毛の色が24枚入り折り紙の最後に入っているきらきらしたやつっぽくて大変よろしい。小難しいことを考えなくたって音楽を菅野よう子が手がけているとなればにわかにたぎらずにはいられないわけです。今週中には、制覇します。