こんばんわ

今回は昨日の続き、【成功への階段】編を書き綴りたいと思います。

【成功への階段】
卒業するとまず、フェアチャイルド・セミコンダクタ社に就職する。ロバート・ノイスやゴードン・ムーアをはじめ何人かの研究者が設立した若い企業だった。

 フェアチャイルド・セミコンダクタはコンピュータ革命を生んだ会社だ。カリフォルニア州パロアルトにあるショックレー半導体研究所から、現状にあきたりない研究者たちが抜け出して設立した企業だった。

 ショックレーはトランジスタを開発した業績が認められて、当時すでにノーベル賞を受賞しており、その学術的な名声に惹きつけられて、ショックレーの会社にはエレクトロニクス分野で最高の頭脳が何人か集まっていた。

 そのなかに、ボブ・ノイス、ゴードン・ムーア(ムーアの法則で有名)、ジュリアス・ブランク、ビクター・グリニック、ユージーン・クライナー、ジーン・エニー、ジェイ・ラストそしてシェルドン・ロバーツがいた。

ショックレーのお粗末な経営スタイルが原因で、研究チームの間には不満が募っていた。その結果起こった、いわゆる「8人の裏切り者」による会社からの集団離脱は、コンピュータの歴史における重大事件の1つになっている。

 この8人が設立した企業、フェアチャイルド・セミコンダクタ社は、シリコントランジスタの研究開発を通じてコンピュータの世界に革命を起こした。

 フェアチャイルドの設立後もショックレー研究所からの頭脳流出は続き、のちに有名になるシリコンバレーの企業がいくつか設立されている。

 1968年、インテル設立のためにフェアチャイルドを去ろうとしていたゴードン・ムーアとボブ・ノイスは、グローブにもついて来ないかと誘った。ノイスとムーアによるもともとの事業計画には、半導体技術を応用した新しい種類のコンピュータメモリを製造することも含まれており、1970年には実用化第1号のランダムアクセスメモリ(DRAM)がインテルの生産ラインから生み出された。

to be continued

ここまで読んでいただいてありがとうございました!

次回はpart.3【転機と決断】編です!
これから経営者になろうという人、すでに自分で経営者として事業を興している人
そんな人たちに送る、世界の偉大な経営者のお話

今回は、インテルの初代CEOであるアンドリュー・グローブさんの話part.1です。

アンドリュー・グローブ
~世界を変えたCPUの創造主~


アンディ・グローブ(1936~)はナチ占領下のハンガリーで子ども時代をすごし、かろうじて生き延びた。1957年にオーストリア経由でアメリカに脱出する。ニューヨークとカリフォルニアで学んだあと、フェアチャイルド・セミコンダクタ社に入社した。1968年、仲間のボブ・ノイスそしてゴードン・ムーアと一緒にインテルを設立した。

 1980年代、グローブはインテル全社を挙げてマイクロプロセッサの製造に専念した。1987年にCEOに就任。1994年、主要製品ペンティアム・プロセッサに欠陥が見つかり、危機に直面する。
 
 グローブはチップを交換するという決断を下し、インテルの名声をさらに高めた。1998年5月にCEOを辞任するまで、CEOの任期中、グローブは同社の株式時価総額を24倍以上に押し上げた。

【生い立ち】
病気、差別、貧困。1936年9月2日、アンドラス・グロフとして第2次世界大戦前のハンガリーで生まれたアンディ・グローブは、子ども時代にこの3つに苦しめられた。

 4歳のときには猩紅熱にかかり、それがもとで耳がよく聞こえなくなった。

 次にはもっと不吉な脅威がその影を落とす。ナチがヨーロッパを席巻し、ユダヤ人のグロフ一家は命の危険を感じるようになったのだ。グロフと母親は身分を偽り、友人にかくまってもらった。若いグロフはアンドラス・マルセビッチと名前を変えた。

一家は奇跡的に死の収容所送りを免れ、戦争で生き延びた。

 ところがその喜びも束の間、1956年には共産主義国のロシアがハンガリーを侵略する。気がついてみると、グロフと家族は鉄のカーテンの間違った側にいた。自分に与えられた選択肢を秤にかけ、すでに大きな賭けに慣れていたグロフは、脱出の決心をする。

 オーストリアに逃れ、さらにそこからアメリカに渡った。その道中で名前をアンドリュー・グローブに変えた。1957年にアメリカにたどり着くと、ニューヨークのシティカレッジに入学し、1960年には化学工学でトップの成績を上げて卒業する。

 シティカレッジに続いて、カリフォルニア大学バークレー校で勉強を重ね、1963年には博士号を与えられた。

to be continued

次回はpart.2【成功への階段】です。

こんばんは

今日は休みということで、仙台にある秋保大滝というところに散歩をしにいってきました(^^)

そしてその手前にある神社でお参り
とりあえずいつもあまりいいものが出たことがないおみくじを引くことに

そしたらなななんと!!

大吉が出たではありませんか!!
$大学生の大学生による大学生のための起業!!~なんでもやらなきゃ意味がない~-大吉

これはもう突き進むしかない!!

と、都合のいいことだけ信じる自分でしたwww

ちなみにこれが秋保大滝です(スマホでの撮影なのであまり画像がきれいじゃないですねorz)

$大学生の大学生による大学生のための起業!!~なんでもやらなきゃ意味がない~-秋保大滝

明日からまた頑張るぞ!!
こんばんは

久しぶりの更新です♪

僕は今、宮城にいます

そして今月25日に東京に戻って会社を設立します(^^)

会社の詳しい中身は今度説明したいと思うので、今回はタイトルにもある通り”学生の起業”について

僕も学生で、大学を休学して会社をやっていくのですが、ぶっちゃけ学生は・学生こそ挑戦しろ!!と言いたいです。

まあやりたいと思っていなければ話は別ですが・・・w

今の時代学生でも起業したいと考えている人は結構います
考えている人は・・・ね

実際に行動を起こしている人もいますが、まだまだ全然少ないです。
もしこの記事を読んでる人で起業したいと考えている人がいたらコメントでもメッセージでも気軽にください♪(特に学生の方大歓迎です!)

学生にはできないなんてことはありません!
むしろ学生だからこそできると僕は考えています!

今できなければいつまで経ってもできることはないでしょう。

今回はこのくらいで
次は具体的にどうすればいいんだよってところを僕なりの視点で書きたいと思います。

こんばんは

今日実家から東京に戻ってきました
久々に実家に帰って
たくさんの親戚の人や従兄弟と会って
こっちに帰ってくるのが少し寂しくなってしまいました。

さて、いつまでもウジウジしていられません。
3日後には宮城に行きます。
宮城の企業の方と、被災地の復興のために・日本の再生のために、ビジネスを通じて何ができるのか
しっかりと見極めてきます。

あ、それから野菜ですが・・・写真とれませんでした笑
というか忘れてました、申し訳ないm(__)m