【Ustream映像配信中!】12月4日(土)『イチゼロ』(世界書院)創刊記念――早見慶子講演会
この過酷な競争社会から共創・共生できる愛の世界へ、渾沌から何かを生み出そう
早見慶子講演会「競争から共創へ―愛への誘い」
(2010年12月4日、京都市下京区FactoryKyoto)
◆ライブ会場にはまるで愛が粒子になったように穏やかな雰囲気が漂っていた―ライブトーク報告、京都から: 澤田 春彦
終った瞬間、ほっとした。ライブの会場はまるで愛が粒子になったように穏やかな雰囲気が漂っていた。ただ、残念なのは早見さんの話をじっくり聞けなかったことだ。司会と言うのは話の終った後の展開まである程度考えておかなければならない。いつもは司会でもどこかにとんずらして会場の様子を見ながら話しを聞けるものだが、その日はテレビの中継がありマイクを服につけられてしまった。「やばい、動けない」と思ったがいつもの調子でなるようになるさと考えてずっと早見さんの横に座っていた。とにかく当日、ばたばたしていてろくな打ち合わせも出来ずにぶっつけ本番だった。しかし、それが幸いしたようだ。会場に来た参加者が全員何か一言、二言話してくれた。もちろん、メロディーになる話の内容も大切なのだが、重低音や、起状や、高揚、そしてリズムすべてがメロディーに連なり、ひとつの交響曲を演奏できたような気がした。もちろん、交響曲の題名は慈愛だ。
早見さんに最初、京都駅で出会ったとき小さなお地蔵様がちょこんといるように見えた。よく顔を確認しなかったが、すぐに早見さんだと分かった。少しうっかりしていると何か童女のように見えた。想像していたのはとてもパワーに満ち溢れた女性だったが、まるで可愛いお地蔵様のように静謐を讃えた心をもった女性だと思った。
しかし、いざ話しが始まると彼女の全身からパワーが溢れ始めた。不断は小さな声の早見さんだが、まるで交響曲のように時には激しく、時には静かに部屋中に透き通るように流れていった。僕は話の時は司会なので次の展開を話を聞きながら考えていたのでもう、よく覚えていない。
ただ、彼女の話は僕の心の中に生きていることは確かだ。ずいぶんたくさんの慈愛をいっぱい、いっぱい貰ったような気がした。彼女の経歴は革命家、そして挫折、さらにカルトを漂流した。彼女が話の中で今まで信じていたものが裏切られると突然拍子抜けしてと語っていたことが記憶に蘇る。89~91年にかけて社会主義がドミノ倒しのように崩壊していった。しかも、早見さんのグループはゲリラ戦争を闘っていた。若い人はゲリラ戦争というと何かゲバラでも想像してとても夢があるように思うかも知れないが、現実にはそんなものではない。組織された暴力にいったん手をかけると軍事の論理がひとり歩きして官僚主義を生み出し、それまで比較的自由だった運動内部が官僚主義の病に犯されていく。
僕も当時、そんなことを経験した。僕があまり深く傷つかなかったのは能力がなかったからだ。
僕は中学を出てすぐに働いた。活動を始めたのが24歳だった。もう、ずいぶん社会の経験をつんでいた僕は「先制的内戦戦略」だの「対カクマル戦」だの訳が分からなかった。労働者のふりをしていたが、学生あがり、それも京大のおっさんにずいぶん説教をされたが、バールやハンマーは当時、旋盤工の僕にとっては仕事道具だった。そしてよく仕事道具を人殺しに使うなといって喧嘩したものである。しかし、つねに指導部と喧嘩する僕はやがて全体会議ははずされ、缶詰にされてしまった。どうしても、彼らのレーニン主義のいう中央集権党の組織論がロシア革命を変質させたように思えてならなかった。僕の経験からいっても80年代の武装闘争は高揚感もなく、ただ消耗する毎日しかつくらなかったように思う。
早見さんは恐らく「I LOVE 過激派」を読む限り、地区の責任者をしていたのではないだろうか。僕など一兵卒と違い、責任者なら上と下からの板ばさみでずいぶん疲れたことだろうと思う。
早見さんは話の中で夢ということを強調していた。そう、夢を見ることで今を相対化できる。夢はなんでもいい。宇宙人と出会うことを夢見たっていい。素晴らしい恋愛を夢見たっていい。しかし、僕は最近、思うのだがこういう人間が夢見る動物だということをどこかでマルクス主義の唯物論は欠落させてしまったような気がする。
そして、行き着いた先が軍事的官僚主義だ。やがて、新左翼運動は今になっていえるが人間の解放を歌いながら人間の最悪の抑圧を生み出してしまった。あれから20年、新左翼運動は70~80年代のゲバルト路線の敗北を真摯に総括することなく、理論的にはむしろ退行し、ほぼ日本共産党左派になってしまった感がある。ほんとは運動をすることによって自由になり、精神的に高まるはずのものが逆に運動することによって抑圧され、精神的にボロボロになっていく。
さて、話がずいぶん脱線してしまったが、後半、ディスカッションに入った。僕はここでちょっくら休憩と思っていたのだ。それで、参加者に聞くとぶっ通しでやると言う。おいおい、司会は大変なんだぞと思いながら、突っ走ることにした。早見さんの話が良かったのだろう。何しろ2時間ぶっ通しなのだからお互い大変だ。
ディスカッションではとりあえず参加者みんなが話した。世代間論、ネット論、そして、暴力論と。若い人の話を聞きながら僕なりに考えて見ると今の若者は楽そうに見えるが決してそうではないと。僕たちの頃は別にアウトサイダーになってもそれなりに鬱憤のはけ口はあった。暴走族やシンナーやその他。しかし、今は完全に何もかもが抑圧されている。
早見さんの話の中で「自分たちの時代は共通の話題があった」と話され、そういえば不良も優等生もほとんど同じようなテレビを見て、同じようなアイドルの話をしていた。しかし、今や学校を終っても塾、遊びといえばネット。多様性のように見えながらミクロな全体主義の鉛色の空気が覆う。そして、発散する場所がないから自傷行為に走るしかない。
来ていた若者はほとんど22~24歳ぐらい。僕がフーテン暮らしをしていないでまともに結婚をしていたらあれぐらいの子どもがいたのだろうか。
ずいぶん暴力論で若者たちと話をした。確かに暴力というは一種の解放感がある反面、それが軍事的に組織されていくと容易に抑圧に転化してしまう恐い一面がある。ちょっと砕けて暴走族の時、交番に火炎瓶を投げつけた話を調子にのりかけてしそうになったが、やはり組織された暴力の抑圧性を知っているだけに自分の子どもぐらいの年齢の人にいい加減なことは言えなかった。
早見さんが帰ってあくる日。僕は前日の疲れからかよく眠ったので朝から京都の植物園に散歩に行った。青空が前日同様どこまでも広がり風がふわりと舞い温かな一日だった。
紅葉もほとんど終わり木々は葉をほとんど落としていた。
しかし、不思議なことに生命の息吹を感じた。
落葉した木々にも、まだふんばって赤く染まっているもみじにも、否、落葉にさえ生命は宿っているのではないかとふと思った。
そして、だからこそ全ての生命を大切にしなければならないと。なぜなら、全てのものの生命の慈愛に支えられて自分はここに生きているのだから。
だから、殺すなかれ、殺さしめるなかれとゴーダマ・ブッダは教えているのだと。
もちろん、全ての暴力を否定する気はないし、暴力も恋愛と同じで人間の永遠のテーマだろう。しかし、もし人を殺めるようなことをせざるをえないならば、自決する覚悟がなくては駄目だと思った。
そう思った瞬間、陽のやさしくなった光がとても大切に思われ、風がふわりと舞い葉が落ちる瞬間が美だと思った。
早見さんと出会ったことですこし自分の心の中にある穢れが風にのって飛んでいったような気がした。
今、イチゼロの読書会を連れ合いとふたりでしている。まったくのノンポリの労働者の彼女が言い出したことだ。成功とか、失敗とか論じる必要はないだろう。最後にありがとう
早見さん、そして参加してくれた多くの人たち。
心をじっと澄ましてごらん。
心を静かにしてごらん。
聞こえるよ、確かに聞こえるよ。
生命の声が
存在に優しい光があたる。
陽の光に染められて、存在は
青、緑、赤に輝き
形を与えられる
光
ふわり・ふわり
舞いながら
存在に形を与えていく。
存在を形づくって行く。
陽の光を浴びながら
木々が話をしている。
じっと耳を澄ましてごらん。
心を穏やかにしてごらん
生命の声が聞こえるよ。
光、舞い、
存在に生命を与えていく
心を澄ましてごらん。
静かに、静かに耳を澄ましてごらん
生命の声が聞こえるよ。
生命の慈愛が見えるよ。
▼「早見本」一気読み!書評特集
【裏・十条日記】渾沌とした渦巻きから何かが始まろうとしている
「イチゼロ緊急創刊号」書評:澤田春彦
【裏・十条日記】そして、彼女を救ったのは愛の思想だった
「カルト漂流記 オウム篇」書評:澤田春彦
【裏・十条日記】革命運動は何を「なしてはならない」のか?
「I LOVE 過激派」書評:澤田春彦
▼早見慶子さん公式サイトはこちら
hayamikeiko.com
早見慶子の十条日記
早見慶子講演会「競争から共創へ―愛への誘い」
(2010年12月4日、京都市下京区FactoryKyoto)
◆ライブ会場にはまるで愛が粒子になったように穏やかな雰囲気が漂っていた―ライブトーク報告、京都から: 澤田 春彦
終った瞬間、ほっとした。ライブの会場はまるで愛が粒子になったように穏やかな雰囲気が漂っていた。ただ、残念なのは早見さんの話をじっくり聞けなかったことだ。司会と言うのは話の終った後の展開まである程度考えておかなければならない。いつもは司会でもどこかにとんずらして会場の様子を見ながら話しを聞けるものだが、その日はテレビの中継がありマイクを服につけられてしまった。「やばい、動けない」と思ったがいつもの調子でなるようになるさと考えてずっと早見さんの横に座っていた。とにかく当日、ばたばたしていてろくな打ち合わせも出来ずにぶっつけ本番だった。しかし、それが幸いしたようだ。会場に来た参加者が全員何か一言、二言話してくれた。もちろん、メロディーになる話の内容も大切なのだが、重低音や、起状や、高揚、そしてリズムすべてがメロディーに連なり、ひとつの交響曲を演奏できたような気がした。もちろん、交響曲の題名は慈愛だ。
早見さんに最初、京都駅で出会ったとき小さなお地蔵様がちょこんといるように見えた。よく顔を確認しなかったが、すぐに早見さんだと分かった。少しうっかりしていると何か童女のように見えた。想像していたのはとてもパワーに満ち溢れた女性だったが、まるで可愛いお地蔵様のように静謐を讃えた心をもった女性だと思った。
しかし、いざ話しが始まると彼女の全身からパワーが溢れ始めた。不断は小さな声の早見さんだが、まるで交響曲のように時には激しく、時には静かに部屋中に透き通るように流れていった。僕は話の時は司会なので次の展開を話を聞きながら考えていたのでもう、よく覚えていない。
ただ、彼女の話は僕の心の中に生きていることは確かだ。ずいぶんたくさんの慈愛をいっぱい、いっぱい貰ったような気がした。彼女の経歴は革命家、そして挫折、さらにカルトを漂流した。彼女が話の中で今まで信じていたものが裏切られると突然拍子抜けしてと語っていたことが記憶に蘇る。89~91年にかけて社会主義がドミノ倒しのように崩壊していった。しかも、早見さんのグループはゲリラ戦争を闘っていた。若い人はゲリラ戦争というと何かゲバラでも想像してとても夢があるように思うかも知れないが、現実にはそんなものではない。組織された暴力にいったん手をかけると軍事の論理がひとり歩きして官僚主義を生み出し、それまで比較的自由だった運動内部が官僚主義の病に犯されていく。
僕も当時、そんなことを経験した。僕があまり深く傷つかなかったのは能力がなかったからだ。
僕は中学を出てすぐに働いた。活動を始めたのが24歳だった。もう、ずいぶん社会の経験をつんでいた僕は「先制的内戦戦略」だの「対カクマル戦」だの訳が分からなかった。労働者のふりをしていたが、学生あがり、それも京大のおっさんにずいぶん説教をされたが、バールやハンマーは当時、旋盤工の僕にとっては仕事道具だった。そしてよく仕事道具を人殺しに使うなといって喧嘩したものである。しかし、つねに指導部と喧嘩する僕はやがて全体会議ははずされ、缶詰にされてしまった。どうしても、彼らのレーニン主義のいう中央集権党の組織論がロシア革命を変質させたように思えてならなかった。僕の経験からいっても80年代の武装闘争は高揚感もなく、ただ消耗する毎日しかつくらなかったように思う。
早見さんは恐らく「I LOVE 過激派」を読む限り、地区の責任者をしていたのではないだろうか。僕など一兵卒と違い、責任者なら上と下からの板ばさみでずいぶん疲れたことだろうと思う。
早見さんは話の中で夢ということを強調していた。そう、夢を見ることで今を相対化できる。夢はなんでもいい。宇宙人と出会うことを夢見たっていい。素晴らしい恋愛を夢見たっていい。しかし、僕は最近、思うのだがこういう人間が夢見る動物だということをどこかでマルクス主義の唯物論は欠落させてしまったような気がする。
そして、行き着いた先が軍事的官僚主義だ。やがて、新左翼運動は今になっていえるが人間の解放を歌いながら人間の最悪の抑圧を生み出してしまった。あれから20年、新左翼運動は70~80年代のゲバルト路線の敗北を真摯に総括することなく、理論的にはむしろ退行し、ほぼ日本共産党左派になってしまった感がある。ほんとは運動をすることによって自由になり、精神的に高まるはずのものが逆に運動することによって抑圧され、精神的にボロボロになっていく。
さて、話がずいぶん脱線してしまったが、後半、ディスカッションに入った。僕はここでちょっくら休憩と思っていたのだ。それで、参加者に聞くとぶっ通しでやると言う。おいおい、司会は大変なんだぞと思いながら、突っ走ることにした。早見さんの話が良かったのだろう。何しろ2時間ぶっ通しなのだからお互い大変だ。
ディスカッションではとりあえず参加者みんなが話した。世代間論、ネット論、そして、暴力論と。若い人の話を聞きながら僕なりに考えて見ると今の若者は楽そうに見えるが決してそうではないと。僕たちの頃は別にアウトサイダーになってもそれなりに鬱憤のはけ口はあった。暴走族やシンナーやその他。しかし、今は完全に何もかもが抑圧されている。
早見さんの話の中で「自分たちの時代は共通の話題があった」と話され、そういえば不良も優等生もほとんど同じようなテレビを見て、同じようなアイドルの話をしていた。しかし、今や学校を終っても塾、遊びといえばネット。多様性のように見えながらミクロな全体主義の鉛色の空気が覆う。そして、発散する場所がないから自傷行為に走るしかない。
来ていた若者はほとんど22~24歳ぐらい。僕がフーテン暮らしをしていないでまともに結婚をしていたらあれぐらいの子どもがいたのだろうか。
ずいぶん暴力論で若者たちと話をした。確かに暴力というは一種の解放感がある反面、それが軍事的に組織されていくと容易に抑圧に転化してしまう恐い一面がある。ちょっと砕けて暴走族の時、交番に火炎瓶を投げつけた話を調子にのりかけてしそうになったが、やはり組織された暴力の抑圧性を知っているだけに自分の子どもぐらいの年齢の人にいい加減なことは言えなかった。
早見さんが帰ってあくる日。僕は前日の疲れからかよく眠ったので朝から京都の植物園に散歩に行った。青空が前日同様どこまでも広がり風がふわりと舞い温かな一日だった。
紅葉もほとんど終わり木々は葉をほとんど落としていた。
しかし、不思議なことに生命の息吹を感じた。
落葉した木々にも、まだふんばって赤く染まっているもみじにも、否、落葉にさえ生命は宿っているのではないかとふと思った。
そして、だからこそ全ての生命を大切にしなければならないと。なぜなら、全てのものの生命の慈愛に支えられて自分はここに生きているのだから。
だから、殺すなかれ、殺さしめるなかれとゴーダマ・ブッダは教えているのだと。
もちろん、全ての暴力を否定する気はないし、暴力も恋愛と同じで人間の永遠のテーマだろう。しかし、もし人を殺めるようなことをせざるをえないならば、自決する覚悟がなくては駄目だと思った。
そう思った瞬間、陽のやさしくなった光がとても大切に思われ、風がふわりと舞い葉が落ちる瞬間が美だと思った。
早見さんと出会ったことですこし自分の心の中にある穢れが風にのって飛んでいったような気がした。
今、イチゼロの読書会を連れ合いとふたりでしている。まったくのノンポリの労働者の彼女が言い出したことだ。成功とか、失敗とか論じる必要はないだろう。最後にありがとう
早見さん、そして参加してくれた多くの人たち。
心をじっと澄ましてごらん。
心を静かにしてごらん。
聞こえるよ、確かに聞こえるよ。
生命の声が
存在に優しい光があたる。
陽の光に染められて、存在は
青、緑、赤に輝き
形を与えられる
光
ふわり・ふわり
舞いながら
存在に形を与えていく。
存在を形づくって行く。
陽の光を浴びながら
木々が話をしている。
じっと耳を澄ましてごらん。
心を穏やかにしてごらん
生命の声が聞こえるよ。
光、舞い、
存在に生命を与えていく
心を澄ましてごらん。
静かに、静かに耳を澄ましてごらん
生命の声が聞こえるよ。
生命の慈愛が見えるよ。
▼「早見本」一気読み!書評特集
【裏・十条日記】渾沌とした渦巻きから何かが始まろうとしている
「イチゼロ緊急創刊号」書評:澤田春彦
【裏・十条日記】そして、彼女を救ったのは愛の思想だった
「カルト漂流記 オウム篇」書評:澤田春彦
【裏・十条日記】革命運動は何を「なしてはならない」のか?
「I LOVE 過激派」書評:澤田春彦
▼早見慶子さん公式サイトはこちら
hayamikeiko.com
早見慶子の十条日記
早見慶子責任編集 「イチゼロ」緊急創刊号 (世界書院)の創刊に寄せて
私たちはとんでもない時代を生きている。
2000年を過ぎて9・11のテロがあり、アメリカがイラクへ戦争をしかけ、とうとう日本までイラクに出兵をした。日本人の人質事件によって、イラクへ行こうとした私の計画は潰されてしまった。劣化ウラン弾による無差別な殺戮を知っていながら沈黙する政府とマスコミ。私は不満が膨張して全身が熱くなった。権力あるものへの怒りなのか? それとも何もできない自分への怒りなのか? たぶんそれは後者のほうだろう。
家族を殺された子供たちの泣き顔を心から締め出して、無力感を忘れようとひたすら仕事をしてきた私は、偉そうなことを言っても、世俗に生きている人たちと同じであることに気づいた。いろんなことを考えている余裕さえなくなった日本の厳しい労働現場。リーマンショックは世界に生きる人々を絶望に陥れ、格差は広がっている。もはや正社員でさえ、安定とはいえない時代。それだけではない。生きる源を供給している自然環境の破壊はひどく砂漠化が始まっているし、ウイルスに感染した生き物はニワトリも牛も一匹残らず殺されている。人々に食べられるために存在する生き物。それだけでも残酷なのに、感染した可能性のある生き物まで殺す現実。なぜウイルスに感染してはいけないんだ? 自然界に存在するウイルスに人間は感染する。感染して強い人間になっていくことが自然の摂理だったはずなのに。
私がどんなに不満であろうが、家畜の生命を救うことはできない。むしろそこに明日の自分の姿を見るのは私だけだろうか? 弱い者は生きる価値のないかのように扱う世の中。そんな社会に抵抗し、暴力さえも肯定し、過激に闘おうとした。一人では弱い。弱い人間だって仲間と一緒なら強くなれると思った。ミツバチは集団になったときだけ、大きなスズメバチに勝つことができるのだから。けれど、それは幻想だった。厳しい秩序、組織の思想をふきこまれ、いつのまにか同じことを語る伝言ゲームの一員になってしまった自分。個性は悪だと思った。集団の意見に反対するのは、自分がわがままだからだと責めた。けれど、私の中で溢れ出す自由への欲求は、わがままだとか裏切り者だと言われても、抑えることができなかった。組織のコピー人間になってしまうより、孤独でもいいから、自分の気持ちに素直になりたかった。親と喧嘩してまで組織に魅了された私だったのに、挫折した惨めな落ちこぼれへと転落した。
仲間のいない孤独。いろんなことを話したくてもそこに語りかける人はいない。欲求不満と絶望でいっぱいになった心をひきずって、さ迷い続けた。ただ生きるだけの人間でいたくなかった。正義を見つけようと、私は問いを発し、どこにでも顔を出し、いろんな人と語った。放浪する人生。人を助けようと人にお金を惜しみなく与えた。けれど、そんなお金はすぐに使いこまれて、またお金に困り続ける人を見ただけだった。それもそのはず、自力で生活する人は最初から他人のお金などあてにしないのだ。私はお金を与えることで、その人の依存症の手伝いをしただけだったことに気づいた。私の内側にあるその人の苦しみに共鳴する同情心を満たしただけの浅はかな手助け。真の助けとはその人が自立することだったのだ。人の性格はなかなか変わらない。私は一生をその人に捧げる覚悟をしていなかったのだ。何をやってもうまくいかない私はただひたすら真実を求め続けた。
そしてひとつだけ確かなことがわかった。それは正義という言葉は私の理想がつくりあげた幻影であるということだ。いろんな人が自分だけの正義を他人にも求め、生じる軋轢。他人の自由を侵害していることなのに、正義という観念が邪魔をして、そのことに気づかない人は悲しいほどいっぱいいる。善と悪。正義と卑怯。人はあるがままに見つめないで、何かに分類して観察する。分類することを小さいときから教えられるからだろうか? 誰だって、善に属そうと思って生きている。ある人にとってはお金を稼ぐことが立派な人間だ。別の人にとっては粗食に耐えて生きることが立派な人間だ。それぞれみんな違うのだ。桜がバラではないようにみんな違う。
私は考えた。違いを尊重すれば差別なんてなくなるのではないのか? 人間はサッカー選手にならなくてもカッコいいし、エリート大学を卒業していなくてもその人だけの個性がある。そう思うと出会う人たちがみんな輝いて見えた。誰にもないオーラ。その人だけの輝き。体験が違うから当たり前だろう。あるがままの姿を尊重するのは古来の東洋では当然のことであった。覚醒した人間になることは、善悪の判断で生きない人間のことを言う。本当の自由のために。私は出会った人たちのオリジナルな発見を共有し、いろんな意見を語り合う場を創ろうと思った。雑誌を発行することで生まれる新しいコミュニケーションの場を。悪化し続ける不況で、私たちのように無名な人を出版社が相手にしてくれない時代。そんなことに屈して諦めるほど私たちは柔でない。ほとばしり出る表現への情熱は、何をも恐れずに突進する。喜びのために。創造のために。タイトルはイチゼロ(壱零)。2010年から始まる時代を意識して。それだけではない。1と0はコンピュータ言語でもある。この一と〇だけで多くのことを創造できる不思議な電子の世界。1が有で、0が無であるという存在することの深い哲学。言語の基本を意味してのイチゼロ(壱零)。また線と円というカタチ。線が真っ直ぐに伸び続けるとどうなるのか。それが出会うところで円になる。この円。人間の誕生の神秘を表す始まりも終わりもない永遠の世界。
人の個性を尊重して、何でもありの雑誌だけれど、心をこめて創った温もりのある雑誌です。ページを広げて、いろんな仲間の鼓動を聞いてみてください。
早見慶子
![イチゼロ vol.1 [緊急創刊号]/早見慶子](https://stat.ameba.jp/user_images/20101208/05/ichizero10i/0b/c6/j/t02200285_0400051810905070290.jpg?caw=800)
イチゼロ vol.1 [緊急創刊号]/早見慶子
¥1,260
2000年を過ぎて9・11のテロがあり、アメリカがイラクへ戦争をしかけ、とうとう日本までイラクに出兵をした。日本人の人質事件によって、イラクへ行こうとした私の計画は潰されてしまった。劣化ウラン弾による無差別な殺戮を知っていながら沈黙する政府とマスコミ。私は不満が膨張して全身が熱くなった。権力あるものへの怒りなのか? それとも何もできない自分への怒りなのか? たぶんそれは後者のほうだろう。
家族を殺された子供たちの泣き顔を心から締め出して、無力感を忘れようとひたすら仕事をしてきた私は、偉そうなことを言っても、世俗に生きている人たちと同じであることに気づいた。いろんなことを考えている余裕さえなくなった日本の厳しい労働現場。リーマンショックは世界に生きる人々を絶望に陥れ、格差は広がっている。もはや正社員でさえ、安定とはいえない時代。それだけではない。生きる源を供給している自然環境の破壊はひどく砂漠化が始まっているし、ウイルスに感染した生き物はニワトリも牛も一匹残らず殺されている。人々に食べられるために存在する生き物。それだけでも残酷なのに、感染した可能性のある生き物まで殺す現実。なぜウイルスに感染してはいけないんだ? 自然界に存在するウイルスに人間は感染する。感染して強い人間になっていくことが自然の摂理だったはずなのに。
私がどんなに不満であろうが、家畜の生命を救うことはできない。むしろそこに明日の自分の姿を見るのは私だけだろうか? 弱い者は生きる価値のないかのように扱う世の中。そんな社会に抵抗し、暴力さえも肯定し、過激に闘おうとした。一人では弱い。弱い人間だって仲間と一緒なら強くなれると思った。ミツバチは集団になったときだけ、大きなスズメバチに勝つことができるのだから。けれど、それは幻想だった。厳しい秩序、組織の思想をふきこまれ、いつのまにか同じことを語る伝言ゲームの一員になってしまった自分。個性は悪だと思った。集団の意見に反対するのは、自分がわがままだからだと責めた。けれど、私の中で溢れ出す自由への欲求は、わがままだとか裏切り者だと言われても、抑えることができなかった。組織のコピー人間になってしまうより、孤独でもいいから、自分の気持ちに素直になりたかった。親と喧嘩してまで組織に魅了された私だったのに、挫折した惨めな落ちこぼれへと転落した。
仲間のいない孤独。いろんなことを話したくてもそこに語りかける人はいない。欲求不満と絶望でいっぱいになった心をひきずって、さ迷い続けた。ただ生きるだけの人間でいたくなかった。正義を見つけようと、私は問いを発し、どこにでも顔を出し、いろんな人と語った。放浪する人生。人を助けようと人にお金を惜しみなく与えた。けれど、そんなお金はすぐに使いこまれて、またお金に困り続ける人を見ただけだった。それもそのはず、自力で生活する人は最初から他人のお金などあてにしないのだ。私はお金を与えることで、その人の依存症の手伝いをしただけだったことに気づいた。私の内側にあるその人の苦しみに共鳴する同情心を満たしただけの浅はかな手助け。真の助けとはその人が自立することだったのだ。人の性格はなかなか変わらない。私は一生をその人に捧げる覚悟をしていなかったのだ。何をやってもうまくいかない私はただひたすら真実を求め続けた。
そしてひとつだけ確かなことがわかった。それは正義という言葉は私の理想がつくりあげた幻影であるということだ。いろんな人が自分だけの正義を他人にも求め、生じる軋轢。他人の自由を侵害していることなのに、正義という観念が邪魔をして、そのことに気づかない人は悲しいほどいっぱいいる。善と悪。正義と卑怯。人はあるがままに見つめないで、何かに分類して観察する。分類することを小さいときから教えられるからだろうか? 誰だって、善に属そうと思って生きている。ある人にとってはお金を稼ぐことが立派な人間だ。別の人にとっては粗食に耐えて生きることが立派な人間だ。それぞれみんな違うのだ。桜がバラではないようにみんな違う。
私は考えた。違いを尊重すれば差別なんてなくなるのではないのか? 人間はサッカー選手にならなくてもカッコいいし、エリート大学を卒業していなくてもその人だけの個性がある。そう思うと出会う人たちがみんな輝いて見えた。誰にもないオーラ。その人だけの輝き。体験が違うから当たり前だろう。あるがままの姿を尊重するのは古来の東洋では当然のことであった。覚醒した人間になることは、善悪の判断で生きない人間のことを言う。本当の自由のために。私は出会った人たちのオリジナルな発見を共有し、いろんな意見を語り合う場を創ろうと思った。雑誌を発行することで生まれる新しいコミュニケーションの場を。悪化し続ける不況で、私たちのように無名な人を出版社が相手にしてくれない時代。そんなことに屈して諦めるほど私たちは柔でない。ほとばしり出る表現への情熱は、何をも恐れずに突進する。喜びのために。創造のために。タイトルはイチゼロ(壱零)。2010年から始まる時代を意識して。それだけではない。1と0はコンピュータ言語でもある。この一と〇だけで多くのことを創造できる不思議な電子の世界。1が有で、0が無であるという存在することの深い哲学。言語の基本を意味してのイチゼロ(壱零)。また線と円というカタチ。線が真っ直ぐに伸び続けるとどうなるのか。それが出会うところで円になる。この円。人間の誕生の神秘を表す始まりも終わりもない永遠の世界。
人の個性を尊重して、何でもありの雑誌だけれど、心をこめて創った温もりのある雑誌です。ページを広げて、いろんな仲間の鼓動を聞いてみてください。
早見慶子
![イチゼロ vol.1 [緊急創刊号]/早見慶子](https://stat.ameba.jp/user_images/20101208/05/ichizero10i/0b/c6/j/t02200285_0400051810905070290.jpg?caw=800)
イチゼロ vol.1 [緊急創刊号]/早見慶子
¥1,260
