〜ふうふモラトリアム〜第5章




🔹本日も貴重なお時間を、ご一緒して頂きありがとうございます🙇‍♀️


拙いblogへのご訪問、いいねを頂き嬉しく思っております😊




🔸先日、息子の学校で宿泊学習の行事がありました。

特性上、不安感が強いので親元離れてお泊まりするのは、彼にとって中々のハードル💦

きっと、一年前なら行きたがらなかっただろうけれど、一年前から支援級の先生が話をしてくれたり、息子なりの心の成長✨もあり、行く気になってました😆💕



息子の不安を取り除くべく、夏休み中宿泊施設に下見もしました!!

持ち物は、息子の好きなキャラクターグッズを揃えたり、健康面でもかなり気をつけて、家庭内で出来る事はやったつもり!!

天気予報もずっとチェックして、雨予報が晴れに変わってる✨

と、思っていた二日前。。。。

息子、まさかの発熱!!!!😭😭😭



コロナに罹ってしまいました😫😫😫



 『もしかして、宿泊学習行けない?』と、悲しそうな顔が忘れられない😭😭😭




🔹勿論、誰も悪くない

一番辛いのは、息子本人

だけど、母も同じ位悲しい😭😭😭


来年も、修学旅行あるし

大人になったら、小学校の行事の記憶なんか薄れてる

身体が一番大事!


そんな事は、全部!全部!わかっているけど、気持ちの落とし所が未だに見つかっていません🥲🥲



🔸学校自体に、行けなかった息子が、先生のお力添えで、少しずつ、少しずつ行ける様になり、クラスにも入れなかったのが、今は少しずつクラスで学習をしたり、委員会をしたり、クラスメイトとの交流も増え、クラスメイトも息子の特性も理解してくれている✨


きっと、だからこそ『皆んなと行きたい』と、思ったのでしょう。


その気持ちが痛い程わかっています。



🔹きっと実際行ったら、その時々で怒ったり、不貞腐れたりする事もあったと思います。

けれど、それも含めて全て経験させたかった😭


『今』の息子が、成長する絶対良い経験になる✨何より、信頼出来る先生方が居る安心感の元、目一杯楽しみ、自然に触れ、家族旅行には無い時間を味わって欲しかった😭😭



もぅねぇ、どうしようもない事なんですが、なんで後数日先じゃなかったんだー😫😫😫って、恨み節も出ちゃいましたよ😭😭



🔸旅先で体調崩さなくて良かった。

他の生徒さん、先生方にうつさなくて良かった。

それは、本当に思っています。


熱も幸い一日で下がり、普通の風邪なら行けたんじゃないか?と、思える回復力で✨

療養期間暇を持て余す程でした😆



でも、この心の棘は暫く抜けそうにはないかな🥲

きっと、時を経て息子がまた沢山の経験をして、更に成長した時に

『あの時、行けなかったのは今に繋がった✨』

そう思える日を、楽しみにしておきます🍀



母は、今まで以上に、健康管理に力を入れて、まずは目先の運動会を元気に参加できる様に!!

と、思っております✨




🔹あまりにも、久しぶりにショッキングで自分の事でも無いだけに、子供の事になるとどうしても気持ちがついていけない事が多いです💦



どうしようもない感情を吐き出したかったので、前置き長くなりすいません🙇‍♀️💦



🔸ここから、本題の『泥んこばなし』のつづきになります。前回の記事はこちらです↓

ご興味ある方は、お付き合いください🙇‍♀️



🔹全ての事柄は、無意識にでも自分で選択していると気づいた事から、まずは『自分から逃げない』と、決めた私。


ただ一つ、間違ってはいけないのは

『逃げる』=『悪い』ではない事。

私は、自分ではどうしようもない事(人や、環境など)からは、逃げて構わないと思っています。



劣悪な家庭や、職場、自分にとって害になる人、自分だけではどうにもならない事は、立ち向かって自分を傷めるなら、すぐに逃げたら良い。

何故ならその『逃げ』は『新たな場所に動く』✨と、言う意味だからです。



息子に対しても、普通学級で過ごす事が出来ない。

学校が辛くて、身体や心まで壊れてしまうなら、逃げて良いと思っています。

『学校を休む』=『逃げた』

ではなく、『学校を休む』=『自分を守る』

その選択を、今は自分で出来ないなら、保護者と共に子供の意思も汲んで休めば良い。



学校と言う場所に拘らず、新たな場所を見つける選択肢を持っても良い。


そう思っています😊






🔸私が『自分から逃げない』と決めた事には、

『人のせいにしない』と言う意味が含まれています。


きっと、これは私の幼少期からの、思考の癖がついてしまっていたからだと思います。

しかも、表立って『人のせい』にしていたと言うよりは、無意識的に思ってしまう様になっていたのです。



🔸思い出される記憶の中で、私には弟が2人居て、父は家庭を顧みない人だったので好き放題で、あまり家庭には居らず、母は1人で私達3人を育ててくれていました。


幼少期の子供が3人。

自分が、母親と言う立場になって想像するに。。。

実家に頼れない母は、近所の人達には助けて貰っていましたが、どう考えても大変だったのでしょう。

幼児(弟2人)を自転車に乗せ、レンタル物資の宅配のパート等をしていたので、私の幼稚園のお迎えに来ないなんてしょっ中でした💦



私は、幼稚園の先生と2人でお部屋のお片付けをしたり、1人ぽつんと、部屋で待ったり、1人でとぼとぼ子供の足で20分程の帰り道歩いて帰る事もありました。(今のご時世じゃ考えられないですが😅😅)



🔹母は、人や子供が好きで、お世話好き。

頼られるとやる気になる人で、我が家には随時近所の子供、おばちゃん達がひっきりなしに入れ替わり来て、取り留めなくお喋りをしたり、料理好きな母の作ったおかずを、おばちゃん達が喋りながら摘んだりしているのが日常でした。


勿論、そのご近所さんに大変お世話にもなりました。


けれど、私はずっとその日常を眺めながら『お母さんに、お喋りしたい事あるのに。。。』と、思っていました。



🔸昭和世代と言うのもあったのか、母はしきりに私には『お姉ちゃんだから我慢して』

『女の子だからお手伝いして』

と、言っていました。


昔は半日土曜日が学校があり、帰るとパートに出ていて母は不在で、私は弟達と近所の子供にお昼を作って世話をする様に言い渡される。。。

等々、『小さなお母さん』を母は望んでいた様に感じました。


きっと、自分が幼い頃、兄弟達を当然の様に面倒を見てきた事、唯一の娘である私に、自分の助けをして欲しかったのだと思います。



🔹こう言った幼少期の環境の中で、私には

 『我慢する事』=『母に認められる』

に、知らぬ間になっていました。


けれど、まだまだ幼い自分は思うのです。

『弟のせいで、お母さんは私を見てくれない』

『おばちゃん達のせいで、お母さんと話せない』


甘えたい

大事にされたい

見て欲しい

そんな気持ちを押し殺すと、納得出来ない気持ちから『人のせい』に、いつしかしていたような気がします。







🔸そう、この昔からの『我慢癖』は大人になってもしぶとく根付き、誰かに『我慢しろ!』と、命じられた訳じゃないのに、勝手に『我慢する事』が生きる上で、大事な様に擦り込まれているのです。


勿論、我慢が全て悪い訳では無いのはわかっています。


けれど、私がする『我慢』には『我慢出来ない自分には価値がない』から『我慢する』になってしまうのです。


そこには

『本当はこうしたいのに!』

『どうせ言っても仕方ない』


自分の気持ちを押し殺すだけの我慢には、必ず不満がやって来ます。


🔹特に子育てをし始めてから、顕著に現れ始めた『不満』には

『自分の思い通りにいかない日々』

『それを誰も認めてはくれない』

『母親と言う役割への見えない圧』

こう言った事が、毎日積もっていたからだと思います。


私の場合、そこにプラスして同居をしてからの夫の変化、義両親の態度、そこへの気遣い、息子の発達障害などが一気に押し寄せました。



🔸だけど、この『自分から逃げない』選択をし、『我慢』から来る『不満』とその度向き合う癖をつける様にしました。


すると、いつも『我慢して』と誰からも頼まれてない事。

『我慢をする』と、言う事は自分で選んで決めている事。

に、気づくのです。


では、『私は一体何が一番不満なのか?』

そこを、徹底的に深掘りして考える様になりました。


長くなりましたので、つづきはまた次回へ→


本日のお話は以上になります🍀

今日もあなたに感謝を込めて✨