ロジャー・ペンローズの「心の影」は、意識は計算で表すことができるのか、という疑問に対して
脳の適当な物理的活動は意識を引き起こすが、この物理的活動を計算によって適切にシミュレートすることはできない。
という仮説を証明しようとする、つまり計算できないことを計算で証明しようという試みについてなんですが、ガチで理解するには数学と物理の深い知識が必要です。
自分にはそこまで深い知識がないので、ペンローズが数学の知識がない人でもこの章を読めば理解できるという箇所と、自分が読みたい場所を読んでみました。
その中でも、目を引いたのが環境の役割という変数。
意識を引き起こす物理的活動が計算できない状況として考えられるものは、環境の役割が大きいのは納得がいく。
環境の役割についてはどうだろうか、人間は成長するにつれて、それぞれ他のだれとも共有し合わない独自の環境をもつようになる。われわれ一人ひとりに、計算を越えた入力を与えてくれるものは、それぞれに独自の環境ではないのだろうか。 しかし、われわれの環境の「独自さ」を持ち出すことがこの文脈でどんな助けになるのかを理解するのは困難である。
人間一人一人が、異なる環境下において経験する出来事が意識形成のもとになっているため、すべての変数をシミュレートすることは不可能。
これについてペンローズは
われわれの思考過程がもっとも純粋な形を取るのは、数学においてである。もし思考がある種の計算を遂行することにすぎないとすれば、そのことがもっとも明瞭に見られるのは数学的思考においてであると考えられるかもしれない。
つまり、意識は数学的にとらえることができない、と一般的に考えられているが、実はその反対で
ところが。 驚くべきことに、まさにその反対なのである。われわれの意識的思考過程には計算では捉えられないものがあるに相違ないことのもっとも明白な証拠は数学の中に見出されるのである。これはパラドクスのように見えるかもしれない――だが、これからの議論では、この事実を受け入れることがこの上なく重要である。
数学でとらえられない事象があることを見出すことができるのは、数学によってであると述べている。
ここからより深い数学的な説明に入っていくので、自分にとってはなかなか読み進めることは難しいものがありました。
数学や物理に深い知識があるのであれば、よりペンローズの主張をかみ砕いて理解できるではないかと思います。
