学生時代の頃から頭が禿げている父親を見て、



「自分が禿げたら絶対に坊主にする」



と決めた。






そして、30台後半になった今、



2年半前くらいから年々薄くなってきている前髪と頭頂部を見て、



学生時代に決めたように『いつ坊主にするか』の機をうかがっている。










とは言っても、(今もだけど)薄くなり始めた頃はショックだったし、今よりもっと気にしていた。




でも、どこかで植毛という選択肢を知ってからはかなり気が楽になった。


とはいえ、100万円以上はかかるし、本当のところはやらないに越したことはないし、できることならしたくない。









自分の頭が薄くなり始めてから気づいたのだが、



今の時代、頭が薄い人はかなり多い。むしろ、薄い人の方が多いんじゃないのかと感じるほどである。






これもまた、心が楽になった一つである。




だって、



「みんな同じように薄いんだったら俺だって別に良いじゃん」



って。






それでも気になる。気になるものは気になる。



でも、それが普通だと思う。







ただ自分が思ってる以上に他人は気にしてないし、


それよりもかなり薄くなってきているのに悪あがきのように残った部分の髪で禿げてきている部分の髪をカバーしてる方が他人は気にする。











僕の持論なのだが、病気とかストレスなどによる円形脱毛症とか、一時的なものを除いて、





男性のハゲは諦めだと思う。



自分を生きることの諦め。






そして、それだけでなく嘘偽りで自分のプライドを守って生きている人たちだけが、


まるで金のメッキを剥がされるように、髪の毛を禿がされる。







禿という漢字は訓読みで『ちび』とも読むらしい。



小学校とか中学校の頃、背が低かったら『ちび』とバカにされやすい。



それと同じで、必死にバカにされないように生きる。








本当の弱さを隠して、本当の惨めさを隠して、それを隠し続けるから自分の髪が薄くなる。



そして、禿げることでその人の弱さや惨めさが露呈する。






私も含め、そういう人たちは本当は寂しいのだと思う。








自分が弱いことや本当は惨めだということを認めることで、


つまりは大丈夫じゃない自分になることで人が離れていったり認められなくなって寂しくなるのが嫌。



薄くなった頭を「頭が寂しい」って表現するしな。








だから、金のメッキで自分を守る。そして、そういう生き方を続けていれば禿がされる。



つまり、禿げる。









僕自身もずっとずっと『できてる自分』や『凄い自分』で在ろうとし続けてきた。



し、今もそういうところがある。







知識とか経験とか、お金でも地位や名誉、何でも良いけど、



外側の何かで必死に自分を保ってきた。






だって、、




何にもない自分になんて価値がないから。



自信なんて何もないから。










ただそれでも、30歳くらいからは外側の何かを身につけるのではなく、身につけてきたものを手放す方向の努力をやってきた。



めっっっちゃ!!!やってきた。













それなのに、それなのに、、、






「それでも髪が薄くなってくるだなんてあんまりだよ」



って、正直人生を恨んだ。そして、泣いた。







でも、どれだけ他者と比較して努力して向き合ってきたところで、そんなの何の意味もない。



人生は他者との比較ゲームではなく、自分の深いところ(魂とか)が求める自分にどれだけ沿えてるかだから。








どれだけ他者よりも努力したところで、



本当の深い自分が求める生き方に達していなければ、人生は不遇に立たされる。











つまり、僕の髪が薄くなってきているのは、僕が本当の深い僕の求めるレベルで向き合ってなかったからだと言える。









そんなの分かってるよ。。





実のところ、そんなの分かってた。僕が自分の本心に向き合えてなかったことくらい。



分かってたけど、できなかったんだ。









怖かったから。




気力が沸かなかったから。









そして、、






自分にはできない




って、思ってたから。











先日、部屋の中で育てているパキラの水やりをして、



鉢から水の滴りがなくなるまで外に置こうと思ってたら、すっかり部屋の中に回収するのを忘れて、寒さに弱いパキラの葉の色がめちゃくちゃ悪くなった。








しかもその翌日の朝に限って、ー6℃だった。



普段こんなこと滅多にしないのに、やっちまったと思った。




寒さで変色してしまった葉




元々はこんなに青々としていた




変色した葉をそのままにしておくのも株に悪いとのことで、



仕方なく変色した葉を切り取ることにした。










もうなんか、坊主やん(笑)



かなりショックだった。








と同時に、僕自身もとうとう坊主になってしまうのかと戦々恐々としている。




いや、何が嫌って、坊主にしたら結構な頻度で剃らないといけなくなるのが嫌。




坊主にすること自体はその時の勢いだし、その瞬間は周りは驚くかもしれないが、数日でみんな慣れると思う。








でも、できることなら避けたいので、



僕は僕を諦めないためにこうやって(僕の場合は)ブログで自己表現をしている。











丸坊主になったパキラだけど、株はちゃんと生きている。




お世話になってる植物の専門の方も



「株が生きてたら大丈夫」



と言っていたし、僕も何となく大丈夫のような気がしている。








だから、僕は僕を諦めずに生きる。



そしたら、植毛をしなくても髪が生えてくるような予感さえしている。







そんなのあり得ないよと鼻で笑われるかもしれない。



でも、やってみないと分からないだろ?











僕は僕の髪(神)を生きるんだ。







乞うご期待!