かつてないほどの災害となっている地震から5日経った。(まだそれだけ!)
被害で亡くなった方々のご家族に哀悼の意をささげるとともに、
今も苦しんでいる方々にはお見舞い申し上げます。


当日はいつもなら金曜日は出勤のところたまたま休日。
渋谷へ母親の誕生日プレゼントやバレンタインのお返しなんかを探しに行っていた。
3月11日はパンダの日ということもあってパンダレストランで昼食。



家電マネージャ イチノドンのブログ-パンダレストラン


だいたい渋谷を一通り見終えてセンター街の「宇田川カフェ」に到着。


「おひとり様ですか?」
「はい。」
「おタバコはお吸いになりますか?」
「いいえ。」


と、このあたりでなぜか店内の人は皆、俺に注目。


(え?なに?)

と、思いつつも着席。


しかし、店内の人はさっきまで俺がいた入り口を見ている。

ガタガタ……ガタガタガタガタ……

ガタガタ!!ガタガタ!!!!!!


「キャーーーーッ」
「うわわわわ。」
と皆、店の外へ。


ポツーン


と店員さんと残った数名と俺。


うーむ、

とメニューを見ていると

「あのー。結構揺れが半端ないので外へ出ていただけますか?」

とイケメン店員さんが行ってくれたので外へ。



うーむ、揺れている。
かなり。
っていうかあのクレーン、メトロノームのようだ。
っていうか渋谷で地震。しゃれにならん。リアルカオスヘッドか?

(ちなみにカオスヘッドとは渋谷が舞台のゲーム。地震で渋谷が崩壊する。
http://www.nitroplus.co.jp/pc/lineup/into_15/top.php

当時の感想はこんなもの。



ちなみにその頃我が町田店ではどうだったかというとこんな映像が。

http://www.youtube.com/watch?v=5hJmC80hZ9Q




で、しばらく辺に外に出るよりも建物の中が安心だな、と判断。
カフェでコーヒーを飲みながら携帯で情報収集。
(コーヒーの味なんて覚えていないが。)



しかし、携帯電話は繋がらずツイッターをしばらく操作。
思ったのは緊急連絡網なんて何の役にも立たないってこと。
メールとツイッターだけが役に立った。
特にツイッター。
みんなツイッターには登録しておこう!
ツイッターさまさまでどうやら震度7が宮城県らしいことを知る。


「うむ。多分電車動かん。これは帰れない。」



そう思い、カフェを出た俺はファミリーマートで携帯充電器を購入。
ビックカメラで懐中電灯とエネループを購入。
サンクスでチョコレートとポカリを購入。

みんなが騒ぐ前の話なのでこれを自動的にやっていた。
うーむ。勘が良かったのか?



で、とりあえず準備は最低終わったと思い、情報収集へ戻る。
まず、ヤマダ電機へ。



自分も含めてここで大変なことが起きたことを初めて知る。
っていうかしゃれにならん。
しばらくニュースを見続ける。



家電マネージャ イチノドンのブログ-首相会見


なぜか裸眼3Dテレビで首相会見を聞くことに。



で、このあたりから気温が低くなっていく。
屋根のあるところを探すが…


どんどん店は閉まっていく。

ようやく井の頭線付近のモールに入り暖まる。
当然皆避難中。




で、しばらく休憩するもここもそのうち閉まるのであって
本気で避難所を探すか、帰る方法を探すかしかないと思い出発。






駅周辺は大混乱。
このあたりから現実感がなくなってくる。
正直、映画やドラマやゲームを見ている感覚って感じ。
サバイバルゲームみたいな?


コンビニで地図を見ようと思っても売り切れ。
しかも、コンビニも閉まっていく。(!!)
携帯電話でツイッターの情報を頼りに(本当にツイッター大活躍!)
渋谷区役所へ。
しかし、避難所わからず隣りの神南小学校へ。
しかし、

「まだ、役所の人が来てないから避難所になっていない。」

と断られる。

通りすがりの人に「ここはまだ避難所ではないですよ。」と
教えてあげながら元の道を戻り再び駅前へ。



駅前は歩道に人がのらなくなっていて完全な一方通行状態になっていた。
とりあえず渋谷警察署を目指す。

警察署歩道橋にいた警察官に避難所を訪ね、青山学院大学へ向かう。
この時点で22時ぐらい。
2か所でいっぱいだと言われ、3か所目でようやく入れる。




左隣りは中年女性の集団。
右隣りは女子高生二人組。
前も女子高生二人組。
うむ。余震があったら俺がしっかりしないと、と思い着席。
中には数百名の「帰宅難民」が。



当然皆寝れない。
あの「緊急地震速報」の音が鳴るたび、皆恐怖におびえる。

「海外付近で200~300人ほどの遺体が発見されました。」

の音声だけのテレビ報道にざわめく講内。

「○○さん、○○さん。もしおりましたらステージ前までお越しください。」

で、家族や恋人と再会し抱き合う人達。


配られたのは水350ペットボトルと「リッツ」。
毛布もなく、みな上着を脱いで毛布代わりにして
寝れないながらも、目を閉じて朝まで耐えしのぐのであった。


そして、次の日から戦いの日は続くのである。







渋谷は無事に朝を迎える。
さて、そうは言っても帰らねばならん。
周りの女子高生たちに別れを告げていざ帰宅へ。


井の頭線は今まで止まったこともない駅で止まる。
小田急線は超スロー運転で空中に体が浮くほどの満員電車で
町田に何とか到着。7時ぐらいだっけか?


家に帰るか迷ったが、そのまま私服で会社へ出勤。

各店長はじめマネージャ陣は会社に泊まっていた。
全員で安否確認を行っていた。
自分もそれに加わる。


その後売り場の安全を確認しに行く。










うむ。
これはオープンできない。
というか俺も怖い。


店長「オープンするぞ!」


というわけでオープン。
お客様が行列で入店。


「なに?」

「あ、今日仮面ライダーです。」

「……。」



で、自フロアに戻る。
オープンするからにはまずは節電だ。
二人に指示して4階の蛍光灯の電源を半分にするようにする。
デモ機の電源を切る。

この日は18時閉店。
ヤシマ作戦。



家電マネージャ イチノドンのブログ-節電



徹夜で正直へとへと。
なんとかフラフラしながら家へ帰宅。


うーむ。いやな予感。

ただいまーー。


ガチャ。







うむ。
あ、家が散らかっているわけではない。
あくまで地震のせいです。

本日も徹夜か?
というかなぜか蛇口が開いて水が出ている。
30時間以上もミズガデテイウタトイウノデスカ?








で、その次の日も次の日も店はオープンする。
計画停電で振り回せれても、ネットでたたかれても。

従業員の中には休日出勤者も、
5,6時間かけて来る者も、
宿泊する者も、
親の安否が不明なものも。
全然違う店舗に出勤する者もいる。
当然「なぜ。店がオープンするのか?」と疑問を持つ者も。



正直個人的な感情としてあれだけの電気を消費して運営する店舗。
節電しながらといってもこの事態に開店することに疑問もある。



しかし、月曜日にシャッター前に並んでいた数百人の人たち。
電車も動いていないのに死ぬ思いで買い物しにくる人たち。
そして、ツイッターやネットで「なぜ店を開けるのか?」の意見以上にあるのが、


「ヨドバシ開いていた。節電して運営。感動した。」
「町田が死んでしまったようだ。具合が悪くなる中ヨドバシだけ開いていてホッとした。」
「普通に開いていた。店を開けている店員に感謝。」
「こんなときにも普通にモノが買えた。嬉しい。」


という涙が出るような意見を見ると、それはそれとして受け止める。




我々は家もあるし、食料もあるし、お風呂にも入れる。
それなら、やはり「我々の日常を戻す。」ことができる人たちだ。
もちろん、俺も家では照明を全部落とし、暖房器具も使っていない。
ヤシマ作戦状態。
募金だってやらねばと思うし、テレビを見て毎日被害者を想い、
正直涙が出て泣いている時もある。


だが、我々が節電のため店を閉めたらどうなる?
日常が消える。
日常が消えるとどうなる?
人はますます不安になる。

店を閉めたらどうなる?
モノが売れないということは日本経済でお金が回らなくなる。
お金が回らない経済は崩壊する。
あと数週間後に日本国民が気付くのは日本の経済が思った以上に
大変になっているということ。
それは国の終わりを意味する。



だから、
我々は日本を守るため、日常を守るために店を開ける。
だから、
死ぬ思いで会社に出勤するし、

「なぜ店を開けるのか?非国民め。」
「商品が届かないんだけど。地震は関係ないでしょ。持ってきて。」
「懐中電灯なんとかしてよ。わざわざ来たのに!」

というお客様に頭を下げるし、
乾電池を奪い合って喧嘩をするお客様をなだめるし、
店を開けろとシャッターを蹴飛ばすお客様を落ち着かせている。


被災された方を想えるなら、目の前のお客様のことも想えるはず。
日本を、日常を、守れる誇りと覚悟を持って働きなさい。




そんなことを昨日の朝礼で全員に伝えた。
若い社員には大変なことだろう。
しかし、自分の人生の財産になると思って耐えて欲しい。


ようやくテレビも通常の番組が流れるようになってきた。
だからこそ、逆に今まで以上に被災地のことを意識しないと人はすぐ忘れてしまう。
日常と非日常をうまくコントロールしながら皆さんで生きて行きましょう。