解離性同一性障害の人に限らず、きっと精神疾患を抱えている多くの人にとって、
精神科での問診で自分の症状を正確に伝えるのはとても難しい。


私も自分の感じたり感知したりしていることを、主治医の前で満足に話せないままここまで来ている。
理由がはっきりしないでいたけれど、問診を難しく感じる原因は、おそらくこんなところだろうと思う。


1. 記憶がない
連続した記憶がないので、交代している間や前後の状況がわからない。

2. 診察時に交代してしまう
話すことを準備していても、緊張のためか「口止め」のためか、
診察時には私じゃない別の人格に交代していて、ろくに話さず帰ってきてしまうことが多い。

3. 主治医を信頼できない
これは「私」というよりは他の人格たちのことだけれど、
彼らはとても疑い深くて傷つきやすく、自分の症状や人格を他人から否定されることを心底恐れている。
主治医に対しても同じで、妄想だとか気分の問題にされるんじゃないか、
演技だと思われているんじゃないか、軽蔑されているんじゃないかと、
疑心暗鬼になるあまりに口を閉ざしてしまう。

4. 言語能力の低下
これは私の場合。相手の質問を理解するばかりか、自分の考えを言語化する力が落ちていたので、
問診のときにはしばしば、言葉の通じない土地で会話を試みるような困難を感じた。

 5. 取り繕う
病院に来ると、「快方に向かっている自分」を演じてしまう傾向があるらしい。
実際にどう思われているかは別として、医師や家族の「治ってほしい」という期待に応えようとして、
症状のことを隠してしまう。




だから、もし私が、どなたか解離性同一性障害の患者のご家族に助言できるとしたら、
「家族が診察に積極的に関わってほしい」ということだ。
家族が人格の交代を受け入れられないでいるケースもきっと多いだろう。
でももし受け入れられたなら、あるいは目の当たりにして信じざるを得ない状態なら、
どうかあなたが見たことを患者に代わってありのままお医者さんに伝えてほしい。
そこに家族としての解釈…つまり、「芝居だと思うけど」とか「噓っぽいけど」みたいな説明はいらない。
ただ、ソレが起きた時に患者がどうなるのかを詳しく説明してあげてほしい。

なぜなら、解離性同一性障害のひとの頭の中はひどく複雑に構築されていて、
本人がそれを分析したり説明したりしようとすると、
単純にわからないとか難しいとかいうだけではなく、
人格が崩壊するような苦痛や混乱を覚えることがあるからだ。

たとえば、あなたはあなたの立ち位置や目の位置から見える景色だけを「視覚」として脳で認識しているけれど、
それが突然、あなたの身体の外にも複数の目があるかのように、いくつもの視界が同時に眼前に開けたら、
どんなふうに感じるだろうか。想像してみてほしい。
あなたが物心ついてから現在まで続いている人生の記憶がひとつながりの「物語」だとして、
あるとき突然いくつもの「物語」を脳内にインストールされてしまったら、自分についての何を信じられるだろうか。
想像してみてほしい。



今まで経験したことのない知覚が芽生えることは、決して心地よいものばかりではない。




もっと多くのことを伝えたいけれど、きょうは疲れてしまった。
いつかわからないけれど、また今度…