一日バイトのブログ

一日バイトのブログ

ブログの説明を入力します。

Amebaでブログを始めよう!
残りの旅は競争みたいなものでした。

ピジェーと町から町へと移動するたびに、見たいものをパーッと見て次のところへ進んでいました。とても効率的。

火曜日(大阪・姫路・神戸)
火曜日の朝に、彼女の家に泊まってもらってるのに優しい亜沙美ちゃんは朝食まで作ってくれました。、9月からオーストラリアに引っ越す予定だから英語に熱心で、朝食を食べながら一緒に英語を勉強しました。お昼ぐらいになったら、夜ずっと花粉症で苦しんで死にそうになってたピジェーが起きて、準備して、Universal Studioへ向かいました。
Universal Studioに行くのは僕のアイディアでした。あれは映画やエスエフエックスの美術館かと思ってましたが、そこに着いたら、僕の無知をピジェーに曝け出させられるには多少30秒がかかりました。所詮、あれは遊園地だよね :sでも、遊園地で遊ぶ暇がありません。

さて、パーッと地下鉄の地図を見て、姫路駅を見かけたのでそこにドンドン行こうと決めました!


修復中の姫路城(俗でいわゆる「ただの白い箱」)


8月中旬に、姫路駅から姫路城まで商店街を通して歩いて10分と1リットルの汗がかかります。思いのほかそんな蒸し暑い日でも、お城の入り口にあった看板に「無料案内を英語で」やっていただける人がいると書いていたので、頼みました。
実は、数年前に友達と松本城を観光したときにも同じように優しいおばあさんが無料で案内を英語でやってくれました。今回は姫路城で70歳のおじいさんの出番でした。
(因みに今年、ピジェーはすべての高齢者のことジジで呼んで差し上げると決めたので、この記事でもピジェーの水準に従います。)

掻い摘んでいうと案内してくれたジジの面白いところが二つありました。



・1点目. なぜか彼はお城の白い壁の下にある石の壁にはまってました、そして僕らにもはまってほしかったみたいです。
壁のことを述べた一回目は、お城の修復の話しをしながら歩いていたら急に足を止めて、石壁を驚嘆して、「The stones are making a beautiful curve,isn't it ?」と仰いました。僕らはちょっと驚いて、まぁそうだねと思って進みました。
でももうちょっとしたら、鯱がどんな風に時代によって変わったことをならった後に、ジジはまた急に振り向いて「Have you seen the beautiful stone wall and its curve?」と謳歌する。見たけど、シツコイよ?
そしてまた五分後に。石壁の中にあるお墓の話をした後に「But the stone still have a beautiful curvy form, no?」 ジジ、もういいよ!もうくどいよ!! てかなんでいつも質問系にするの?一方的でいいんじゃない?
しかも別に石のことどうでもいいと思ってる僕らはいつも丁寧に仕方なくそのくだらない石の写真を撮ってました。

・2点目. やはりジジの英語に限界がありました。今まで当たり前なことだと思っていましたが、相手のことが分からないときに対応方法がしかないと思います:
   ‐もう一度聞くこと
   ‐バカみたいに笑いながら頷く。そしてバレバレだと分かっても相手が気づかないように祈ること。
ジジはきっと年の功を使って三つ目の方法を見つけました:いつも同じ答えを出すこと。
その答えが普遍的だと思ってるかどうかは微妙ですけど、「1000回に一回当たるだろう」と思ってましたのかな。
話はこんな風に進んでいました

僕:「なんで鯱に小さい穴が空いてるの?」
ジジ:「The castle was built between 1601 and 1609」
聞き間違えたのかな、と思いました

ピジェー:「見てるのは江戸時代、昭和時代と平成時代の鯱なんですけど、やよい時代はいつでしたか?」
ジジ:「The castle was built between 1601 and 1609」

僕:「お城はいつ建てられましたか?」
ジジ:「Did you notice the beautiful stone walls?」
ジジ、ふざけすぎだろう!

ちょっとフランス人っぽく悪いところだけを見て、愚痴を並べましたが実際にジジは色々面白いことも教えてくれました。ジジを感謝しましょう。

姫路箱を見てから、帰り道の途中にあった神戸の港でビールを飲んでノンビリして、晩御飯に神戸牛を食べてから大阪に戻りました。



日本に来たときにいつもファビアンがいたのと同じようにピジェーもいました。
2006年の夏、初めて日本に来たときに、新所沢のケーキ工場で彼らと三人で一ヶ月のインターンシップをしました。その工場の社長は黒帯の空手家で、数年前に工場の屋上に道場を建てました。そして僕らはそこで寝させていただいていました。
そこに一ヶ月の滞在の内に、つまらない道場から立派なごみ屋敷にアップグレードさせたのは我々三人の他でもありません。

はい、誇りを持って言えます。最初からそこに住んでたゴキブリくん達に相応しい住まいを与えたのは僕らでした。

あれからは6年も過ぎまし たが、今日も三人とも一緒に東京にいます。ただ、今回休みで旅行に来れるのはピジェーと僕だけでしたので、二人でJR Passを手に入れて一週間の旅を企画しました。一週間でどれぐらいの日本を探索できるだろう、いくつのお城や神社を驚嘆できるか分かりませんでしたの で、自由の道を選んで、泊まる所をわざと決めないで出発しました。
(ぶっちゃけ、いつも通りに完全に不準備で、何も決める時間もなかった。通る町の名前ぐらいを前日の昼に30分で決めた)

月曜日 (奈良・大阪)
東京駅でJR Passを交換してから京都へ向かいました。そこで、亜沙美ちゃんと待ち合わせする予定でした。(前日の夜11時に決まったこと)
亜沙美ちゃんと最初に会ったのは五日間前の海の家の体験のときでした。大阪出身の彼女は店長のアツシの友達で、東京に来てる数日の間に店を手伝っていました。出会った日に、僕とピジェーの旅の話を聞いたとたんにすぐ「大阪で一緒に遊ぼうよ」と誘ってくれました。

よく日本の電車や駅や道でも日本人の顔を見て思いますが、日本人はあまり自然に笑いません。亜沙美ちゃんは全くその反対です。海の家で会った日も、この旅で二 回会ったときも照っても降ってもいつも笑っていました。きっと寝るときも笑って寝てます。きっとみんなはトイレで大の方を出すときに変な顔して押すでしょ?亜沙 美ちゃんは違う(はず)、笑ってます。
正直に言えば彼女のおかげで僕らの旅は大分楽しくなりました。

そしてその月曜日に京都で待ち合わせしてから、奈良に一緒に行きました。


東大寺

奈良の東大寺の大仏を見に行ってから町を散歩していたら、当然に出会ったのは奈良のお鹿でした。亜沙美ちゃんのお勧めで、観光客らしく鹿に鹿煎餅をあげました。だが、一匹に餌を与えたら、急に何匹の鹿がバカ観光客がいることに気づき、軍隊みたいなもので鹿達が忽然V字の戦闘隊形になって襲ってきました。僕らが 持ってた5枚の煎餅は大食いの鹿たちに1分そこそこで貪り食われたら、「腹の足しになってネェェェ」と鳴きながらピジェーのハーフパンツを噛み始めた。

そこで三人の力を合わせて対抗作戦を考えた結果、勇気をもって逃げました。

(ちなみ右の写真で、鹿はプラスチック袋と僕の帽子を食おうとした)

夜になって、偶然に奈良の燈花会(とうかえ)という祭りがやってました。町中に、死んだ人の魂が地球までの道が分かるように蝋燭をつけるという。僕らは格好良く鹿の角をかぶってその祭りで遊びました。


お祭りの後に、亜沙美のお母さんのタマちゃんと一緒に大阪お好み焼きを食べてから銭湯でお風呂に入って、そして亜沙美の両親の言葉に甘えてその日彼らの家に泊まりました。

亜沙美ちゃん、メッチャ楽しかったやで、おおきに!
一つだけ先に言っておきたいことがある。すべてはファビアンのせいでした。

日曜日
鎌倉で遊んで来て、ベンのライヴを見てから久しぶりに会った20人ぐらいの友達と飲み会をしました。
その中に、ファビアンがいました。ファビアンは大学からの友達で、僕が来日したときにいつも彼もそばにいました。18青春切符で、福岡から、京都、大阪、と別府に旅行することも彼の案でした。ノープラン過ぎて結局浮浪者みたいに温泉で寝たり、外のベンチで寝たり、電車で寝たりすることになったんだけど忘れらないめっちゃいい思い出になりました。
陽気な人間で彼はいつも笑っている。最高。

そして先週の日曜日に彼はこう言った:
ファビアン:多分木曜日に休みを取って富士山を登ろうと思ってる、一緒に来ない?
僕:是非是非、行こう!
ファビアン:そしてさ、海から出発しようかなと思ってる、面白いでしょ?
僕:うん、面白いね、何キロ?
ファビアン:そうだな、50キロだったかな、忘れた。


木曜日
目覚ましは午前5時に鳴った。
ファビアンと新宿で合流して、海岸の「東田子の浦」駅まで、三時間がかかる。
目標を明らかでした:海辺でボトルに入れた海水を富士山の天辺にこぼすこと。
東田子の浦 駅に到着してすぐ海へ向かいました。そこでボトルを石で埋めて、大きい波がくるときを待ちましたがなかなかうまく行かなかった。海流でボトルが浮きあげて流されたり、ボトルを見失ったりこともあったから、
意外と30分もかかりました。 

9時30分:記念写真(=証拠)を撮って、出発しました。
東田子の浦のおじいさんに「これから富士山を登るぞ」といったら「富士山をなめちゃだめじゃぞ!」と応援してくれた。
日本人の応援の仕方がやっぱり変だなと思いました。
でもおじいさんの言うとおりに、天辺に着いたときに一点だけをなめてたことが分かりました。


道の最初の10キロで村を抜けました。

次の10キロで山に入りました。

次の20キロは永遠に続きそうな森でした。

(静岡に着いたとき、小さな丘を登って富士山を見ようとした。あいにくまだ地平線の裏だった)
次の10キロは遊園地を通っていました。

次の8キロは坂が厳しくなって、やっとハイキングっぽい坂道になりました。

最後 の2キロは草木も
全部 消えて、完全に山登りになりました。

そしてそのとき分かりました。50キロというのは天辺までじゃなくて、五合目のステーションまででした。
というわけで、残っていた距離は役10キロ、そして高度的に1500mを登ることも残っていました。

ファビアンと僕の喜んでる笑顔

21時30分:六合目で閉まっていたはずの店が優しくドアを開けてくれた、そして晩御飯に暖かいラーメンをゆっくり食べさせました。彼らを心から感謝していました。
店で、ゆっくり休んでから7合目へ向かいました。

この旅で間違いなくなめていたのは富士山の寒さです。高度が上がると気温がさがります。とても当然なことでも、服を不準備していました。
山を登るときに、止まると寒い、進むと暑くて汗をかく。
暑いときに服を脱いだら休憩をとれなくなります。逆に服をそのままで着続けたら汗でびしょびしょになって、止まるときにやけに冷たく感じます。
その上、ご来光まで7時間も残っていました。時間も多すぎました。

そこで、寒さ、眠さと疲れの戦いが始まりました。

23時00分:7合目。すべての店が閉まっていましたので、10っ分座ってから、8合目へ進みました。
0時00分:古7合目。サプライズ!はい、古7合目もありました。精神的に最高のサプライズではなかったがきっと、古い7合目の名前を8合目に変えたら、ステーションの数字をもう一度並ばせるのが面倒くさすぎたのだろう… …
0時45分:8合目。進むのが早すぎて時間がいっぱい残ってます。なので、そこでいったん寝ようとしました。ファビアンは5分ぐらいを寝れました。僕は寒すぎて寝れずに、ゾンビモードに変わる。
2時00分:9合目。そこで大学生の練習と仲良くしました。彼らの中に5回も富士山を登ったことある男もいた…彼から、富士山の天辺から下への降り方を教えてもらいました。あっ、そうだ…それも一回も考えなかった…「天辺についたら、下に
歩いて もどらないといけないなー」と。妄想でヘリコプターが来てくれることを無意識的に期待してたのだろう。バカフランス人。
2時45分:9.5合目。 またサプライズ!古7合目の後に、古8合目もやってくるだろうと思ったが、来なかったからほっとしました。甘かったんですね。
3時30分:10合目。やっぱり、着くのが早すぎました、もうそこで寝ようとするしかありません。ファビアンとお互い寒すぎて、今までと違うレベルで彼と近くなりました:)
4時40分~50分:太陽様は雲様の後ろで潜んで出ましたので、ご来光の時間がはっきりわかりません。よくあることだと言われました。
それにもかかわらず、景色は凄く印象てきだった。


最後にどんどん、違う道で降りることができました。
家に着いたのは午後1時ぐらいでした。

富士山を人生で一回だけ登るつもりでしたら、このルートをきっとすすめませ:)
疲れますけどそれなりの達成感が感じる!!!

ファビアン、ありがとう!

日曜日
日本に着いてその次の日に由比ガ浜に友達と一緒に遊びに行きました。
日本に来て四回目で、今回日本の滞在の間に色々なバイトの体験をしてみたいと思っていましたので、NY空港に会った由紀ちゃんのアドバイスを聞いて、海の家で働こうかなと思っていました。

由比ガ浜について、GreenRoomというモヒートを専門にした海の家で飲みに行きました。
ずっと前から地元の ラグランドモット(フランスの地中海の方)で,中学校の友達がモヒートパーティを開いてました。が、アメリカに住んでる僕はそのパーティにあまり参加できなくて、いつも帰国するときに僕には新しく見える祭典では部外者の気がしました。

…決まった!GreenRoomで働かせてもらえれば一石二鳥!

飲みに行ったら店長のアツシさんに会ってそして私の企画の説明をしたら、厳しい交渉が続きました。
僕:「…だからその海の家で体験のために働かせていただけないかな~と…」
アツシ:「いいよ」
僕:「へぇ?ありがとうございます」
即答でした。

そして水曜日に海の家で働くことになりました。

水曜日
言われた通りに水曜日の10時にいきました。まあ、正直に言えば、フランス人なりに10分を遅刻してしまいましたが誰も怒りませんでした。
そこで、朝の準備をしてたのはバイトのあおいさん、しずねさん、きょうへいさんと店長のアツシさん。

GreenRoomの一階にバーがあって、そしてそこでほとんどの注文がモヒートです。
二回のほうにカフェーみたいな場所になっていて、メニューは飲み物多種多様と食べ物。
役割分担は毎日変わるけど、その日は大体あおいさんが一階をやって、アツシさんは料理担当で、
しずね さんは二階のバーで働いて、そしてきょうへいさんと僕は接客でした。

モヒートは誰でもできる資格が必要でしたので、
しずね さんに朝一にその作り方を教えてもらいました。作り方自体は難しくはない。カップにミントを入れてライムのスライスを搾ってスライスも一緒に入れて、ガムシロップとラム(バカルディ)を入れます。それをつぶして混ぜてから、クラッシュアイスを入れて、炭酸を入れてもう一回混ぜたら終わり。
もちろんモヒートを作った後に、勿体無いのでしずねさんと一緒に飲みました。朝からお酒を飲むような酒乱じゃないけど、海の朝は暑くて苦しくてモヒートを飲むとすっきりしますよ!

その日に来たお客さんは少なかった。平日で朝に雨が急に降ったから、海に行く日な感じじゃなかった。それに関わらず、店の前を通る人にモヒートの味を分からせるためにサンプルを配りました。法律上で、そういう宣伝は店の2・3メートル以内にしないといけないので、普通に海辺でサンプルを出すことは禁止です。
お昼になるとお客さんの人数が少し増えたので、彼らと仲良くすることもできました。海の家に来る人はほとんど休みで海に行ってるからリラックスで話しやすい環境になります。
午後に手伝いに来てくれた人は後二人増えました、ももちゃんとあさみちゃんでした。
間違いなくこの海の家で働いてるお姉さん達は皆べっぴんさんでした。皆は男前のアツシさんに惚れて手伝いしに行ってるのだろう^^
他のアツシさんの格好いい趣味はフォトグラフだから、ここに載ってる写真は全部彼のカメラで取られました。
アツシの綺麗な海の写真をみたい人はこちら!!!


その日の5時になったら働いてる人は適当に時間を見つけサーフィンしに出かけていました。
僕も行きたかったけど、花火大会の約束があったのでおさきに失礼しました。

本当に楽しい一日でした、
皆はGreenroomで仲良くして欲しいですね。
Likeしてください;)
http://www.facebook.com/pages/Green-Room-Cafe/216547995047602 

アツシ、きょうへい、
しずね 、あおい、あさみ、もも
お世話になりました!
ありがとう!