鉄旅と寺社めぐり写真紀行 -180ページ目

大和北部八十八ヶ所霊場 第八十四番 秦楽寺

鉄旅と寺社めぐり写真紀行-秦楽寺



奈良県磯城郡田原本町秦庄にある、大和北部八十八ヶ所霊場 第八十四番 秦楽寺(じんらくじ)です。



秦楽寺の創建は、大化3年(647)聖徳太子の家臣、秦河勝によると伝えられ、平安時代には弘法大師が宿し「三教指帰」を著したとも伝えられる由緒あるお寺です。



真言律宗に属し、千手観音が本尊で、聖徳太子・秦河勝が脇侍です。



付近一帯は大字秦庄といい、秦氏の移住地でした。



秦楽寺の「楽」は神楽や猿(申)楽などの「楽」であり、秦楽寺とは、秦の楽人の意です。



「風姿花伝」の大和の申楽四座の由来を記した条に、秦楽寺の門前に金春屋敷があったとあり、金春家は秦河勝の末裔と称していました。




鉄旅と寺社めぐり写真紀行-秦楽寺



表門は珍しい土蔵門で中国風造りです。





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-秦楽寺



境内に、大和三楽寺の三池のひとつである梵字”阿”をかたどった阿字の池があります。




鉄旅と寺社めぐり写真紀行-秦楽寺



本堂の隣にある大聖歓喜天





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-秦楽寺



鐘楼





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-秦楽寺



歯龍王神





《御朱印》



大和北部八十八ヶ所霊場 第八十四番



鉄旅と寺社めぐり写真紀行-御朱印 大和北部八十八ヶ所霊場 第八十四番 秦楽寺



奉拝



大悲殿



 秦楽寺




※ 平成廿五年十月廿四日 奉拝





【アクセス】 近鉄橿原線「笠縫」駅下車、徒歩7分。





大和北部八十八ヶ所霊場 第八十六番 与楽寺

鉄旅と寺社めぐり写真紀行-与楽寺



奈良県北葛城郡広陵町広瀬にある、大和北部八十八ヶ所霊場 第八十六番 与楽寺(ようらくじ)です。




鉄旅と寺社めぐり写真紀行-与楽寺



三間四方の堂内に本尊の弘法大師座像が祀られています。



後頭部内側の墨書銘から応安6年(1373)に実尊、僧乗円の本願により大仏師僧行盛が制作したことがわかります。



脇に置かれていた十一面観音立像(1233)の胎内からは8世紀頃の十一面観音立像が発見されています。



マユミの木を使い、頭上面から蓮華座まで一材から彫りだし、冠飾・瓔珞など精緻に彫刻されています。



宝冠や頭上面の配置が異色であり、遣唐使等が請来した可能性があります。




鉄旅と寺社めぐり写真紀行-与楽寺



本堂の隣にある身代わり不動





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-与楽寺



《御朱印》



大和北部八十八ヶ所霊場 第八十六番



鉄旅と寺社めぐり写真紀行-御朱印 与楽寺



金龍山



南無大師遍照金剛



 与楽寺




※ 平成廿五年十月廿四日 奉拝





【アクセス】 近鉄田原本線「箸尾」駅下車、徒歩15分。





楠妣庵観音寺の紅葉

鉄旅と寺社めぐり写真紀行-楠妣庵観音寺の紅葉



大阪府富田林市大字甘南備にある、楠妣庵観音寺(なんぴあんかんのんじ)の紅葉です。



楠妣庵観音寺は、1339年、楠木正成の嫡男の楠木正行が崩御された後醍醐天皇を弔うために、この地に一殿を建立し後醍醐天皇の念持仏である千手観世音菩薩像を安置して、峰條山 観音殿と称したのが始まりとされています。



正平3年(1348)、正行が四條畷の合戦で討ち死した後、母である楠公夫人久子は、敗鏡尼と称し、生まれ故郷の甘南備に草庵(南妣庵)を結び、正成をはじめ一族郎党の菩提を弔い、寂寥の余生をここで過ごましした。



敗鏡尼の没後、正行の弟正儀が観音殿を改め観音寺とし、楠一族の菩提寺としています。




鉄旅と寺社めぐり写真紀行-楠妣庵観音寺の紅葉



観音寺本堂






鉄旅と寺社めぐり写真紀行-楠妣庵観音寺の紅葉


鉄旅と寺社めぐり写真紀行-楠妣庵観音寺の紅葉



観音寺本堂から草庵、観音堂を望む紅葉





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-楠妣庵観音寺の紅葉



鉄旅と寺社めぐり写真紀行-楠妣庵観音寺の紅葉



草庵





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-楠妣庵観音寺の紅葉



草庵脇の小庭





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-楠妣庵観音寺の紅葉



山門から望む境内





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-楠妣庵観音寺の紅葉



鉄旅と寺社めぐり写真紀行-楠妣庵観音寺の紅葉



裏門から草庵、観音堂を望む紅葉




※ 2013.11.19 撮影





【アクセス】 近鉄長野線「富田林」下車、金剛バス東条線にて「甘南備」バス停下車、徒歩3分。