鉄旅と寺社めぐり写真紀行 -159ページ目

地蔵院(椿寺)

地蔵院(椿寺)



京都市北区一条通り西大路東入ル大将軍川端町にある、地蔵院(椿寺)です。



正しくは昆陽山地蔵院という浄土宗のお寺で、椿寺の愛称で親しまれています。



神亀3年(726)に、行基が聖武天皇の勅願によって摂津国の昆陽野池のほとりに建立した地蔵院が始まりと云われています。



その後、平安時代に衣笠山麓に移され、室町時代初期に戦災で焼失したが、足利義満が金閣寺建立の余財で再建し、天正17年(1589)に豊臣秀吉の命によって現在地に移されました。



地蔵堂に安置する地蔵菩薩は、行基作のものと伝えられています。



地蔵堂背後の板扉はもと北野天満宮にあった多宝塔の遺構とされる。



書院の前庭には、北野大茶湯の縁により、秀吉から寄進されたといわれる「五色八重散椿」があったが、惜しくも枯死し、現在は樹齢約百二十年の二世が本堂前に花を咲かせている。



境内には、忠臣蔵で有名な天野屋利兵衛のものといわれる墓や、与謝蕪村の師にあたる夜半亭巴人の墓などもあります。



洛陽三十三所観音霊場 第三十番札所にもなっています。





地蔵院(椿寺)



本堂





地蔵院(椿寺)



地蔵堂





地蔵院(椿寺)



観音堂




※ 平成二十五年十一月二日奉拝





【アクセス】 京都市バス「北野白梅町」バス停下車徒歩3分、または、京福電車「北野白梅町」駅下車徒歩4分。





福勝寺

福勝寺



京都市上京区出水通千本西入七番町にある真言宗善通寺派の寺院、福勝寺(ふくしょうじ)です。



福勝寺は、弘法大師により河内国(現在の大阪府羽曳野市)に創建されました。



正嘉年間(1257-59)覚済によって京都に移しています。



豊臣秀吉が武運を祈願して千成瓢箪を寄進、千成瓢箪を旗印に頂いたので「ひょうたん寺」とも呼ばれています。



京都十二薬師霊場 第六番、洛陽三十三所観音霊場 第二十九番札所にもなっています。




福勝寺




《御朱印》



京都十二薬師霊場 第六番



御朱印 京都十二薬師霊場 福勝寺



奉拝 平成 十一月二日



峰薬師



 福勝寺





洛陽三十三所観音霊場 第二十九番



御朱印 洛陽三十三所観音霊場 福勝寺



奉拝 平成二十五年十一月二日



聖観音



 福勝寺





【アクセス】 京都市バス「千本出水」バス停下車徒歩2分。





洛陽三十三所観音霊場 第二十六番 正運寺

洛陽三十三所観音霊場 第二十六番 正運寺



京都市中京区蛸薬師通大宮西入因幡町にある、洛陽三十三所観音霊場 第二十六番 正運寺(しょううんじ)です。



正運寺は、加藤主計頭清正公の重臣飯田覚兵衛尉重氏直景を開基、深誉上人を開山として慶長5年(1600)に創建されました。



本尊阿弥陀仏像を安置し、で、奈良の長谷寺の本尊と同木といわれる十一面観音菩薩像があります。




洛陽三十三所観音霊場 第二十六番 正運寺



本堂





洛陽三十三所観音霊場 第二十六番 正運寺



観音堂





《御朱印》



洛陽三十三所観音霊場 第二十六番



御朱印 洛陽三十三所観音霊場 正運寺



奉拝 平成二十五年十一月二日



大悲殿



 正運寺





【アクセス】 京都市バス「四条大宮」バス停下車徒歩5分、または、阪急電車「大宮」駅下車徒歩5分。