昨日、家族で大阪万博を訪れました。


ずっと楽しみにしていた日。未来のテクノロジーに触れ、ワクワクする体験ができると胸を膨らませていましたおねがい


けれど、実際の会場は想像を超える人の多さで、歩くこともままならず、雨の中で人が軒下に集まり、沢山の人が集中しているので、外なのに臭いも劣悪ガーン

トイレは1時間以上の行列。私も1時間半待ちました。

子供もお年寄りも、車イスの人も無言で待ち続け、ファビリオンの予約もトイレ待で、キャンセルしなければいけない、会話も聞こえてきました。


赤ちゃんのオムツ換えのスペースも空いておらず、大屋根リングの人の群がる地面の上で仕方なく交換する親子悲しい赤ちゃん泣き


食事を買うこともできず、トイレにも行けない。具合の悪くなる人も多く見かけました。


まるで「災害時のような混雑」

そんな印象でしたもやもやアセアセ



万博の建物は立派で、外見の未来は見えました。


けれど、人々の顔には疲れがあり、そこに“未来への希望”を感じることは難しかったのですショボーン



私はそこで思いました。
莫大な経費と最先端の技術を使っても、人が心地よく過ごせない未来に、果たして意味はあるのだろうか…と。


AI(人工知能)がある時代に、来場者数やトイレ待ち時間を予測し、より快適に導くシステムはいくらでも作れるはず。


それでも、現実は“人のため”に活かされていない。

技術があっても、それを使う人の「優しさ」「想い」が伴わなければ、それはただの展示で終わってしまうのだと痛感しましたプンプン



けれど、この体験を通して、改めて気づいたことがあります。


本来の万博とは、誰もが未来の可能性にワクワクできる場所。
その場に立つだけで「これからの世界はもっと良くなる」と感じられる空間。
テクノロジーが人の生活をやさしく支え、安心と希望を届けてくれる世界。


そして、それを子どもたちが見て、
「未来って楽しそうだね」と笑顔になる場所。
それこそが、万博の本当の意味なのだと思います!!


立派な建物よりも、
そこに集う人々が笑顔で過ごせるような「心ある未来」を創っていきたい。
そう感じた一日でした。



未来は、国や企業、遠くの誰かがつくるものではなく、私たち一人ひとりが「こうありたい」と願い、行動していく。

ところから始まるのだと思います。



生産性と利益のみの考えで、お金をいかに生み出すかの未来ではなく、人と人・自然と私達が調和して暮らせる「テクノロジーと心がともなう未来」を自分は望み、この文書を残します。