植物観察の授業は、できるだけたくさんの植物を観察し、絵に描くと言う、それはそれは小学生の夏休みの自由研究のような内容であった。
授業が始まると、生徒たちは一斉に外に飛び出し、方々に散り出す。
学校の敷地より外に出ては行けないというルールがあったが、校舎裏の細い道は奥の森につながっており、果たしてどこまでが学校の敷地なのかあいまいだった。
敷地から出ては行けないというルールを忘れて、ジーマとロンは何かを熱心に話しながら、その砂利道を歩いていた。
「違うんだよ!僕はそんなことしてないって!本当に偶然だよ!」
ロンは何かに反論し、ジーマがにやついている。
昼前の太陽が照りつけ、あぜ道に葉っぱの影を作っている。
ロンはまだ仕切りに何か言っているが、唐突にジーマが
「分かったよ。とりあえずさ、なんか植物観察しないといけないよ。先生は終わらなかったら宿題って言ってたから、べつにいいんだけどさ、絵だけは描いとかないとダメじゃん。」
と言った。
ジーマは適当に草が生えているところに腰を下ろして、幹がつるつるしてる木を書き始めた。
ロンはどの植物にしたらいいか何度もジーマにアドバイスをもらい、悩んだ末に黄色い花の草を書き始めた。
「でもさ、本当なんだよ。
ビデオのラベルに「お江戸でござる」って書いてあってな!
お江戸でござるなんか録画したかなって思ったんだよ。気になったから再生したらさー、エロビだったんだよ!」
「勝手にってわけないだろ!お前録画したんだろー!」
「だからしてないよ!たぶん、あれは、、、。」
「お父さんかお兄ちゃんのだと思う。」
ふたりともゲラゲラ笑いながら草の上を転げ回っている。
ジーマの木の絵も、ロンの草の絵も全く進んでいない。
ジーマが身を乗り出すようにロンに近づいて聞く
「そんで、、さぁ、、見たんだろ?
どうだった?」
「えへ、へ。
もうねぇすごいよ。」
ロンはしみじみと語り出す。
「その、あの、おっぱいーがさぁ、その、ふふ」
おっぱいという言葉が恥ずかしいのかちらちらとジーマを見ながらニヤつくロン。
「早く言えよー!」
「あ、あ、お。おっぱいが、すごいんだよ。こう、なんていうか!」
ロンは両手をジーマの方に突き出してお椀型にしている。そしてすごく丁寧に架空のおっぱいを触っているのか、ときおり軽く握るような動作をしながら、眉間にしわを寄せている。
言葉を探しているのだ。
昨日の始めてみる動くおっぱいの感動をどう表現したらいいか、ロンは分からないでいた。
エアおっぱいをしながら、眉間にしわを寄せて考えているロン。
食い入るように見つめるジーマ。
「さぁおっぱいとはどんななんだ」ジーマの心の声。
ロンが口を開く。
大きく息を吸い、
「おっぱいはな。や、やわらけぇーんだよぉ」
「ふ、ふたり出ててな!ふたり目の方がおっぱいがおっきいんだよ。」
堰を切ったように話し出すロン。
「どんぐらいなんだよ!」
「えーとこれぐらい、、かな。」
ロンは自分の胸にエアおっぱいをして、ジーマに昨日のおっぱいの大きさを伝えようとしている。
「いや!もっとだ!これぐらいだ!」
ロンはエアおっぱいを、もう少し大きくしたが、正直違いはよく分からない。エアおっぱいなのだからしょうがない。
でもジーマからは歓声があがった。
「おぉぉ。すっげえぇ。そんで!?」
「そんでな、机の上に寝かされてな、これだよ。」
指でえっちなハンドサインをするロン。
ここでふたりは合わせたようにまたゲラゲラと笑い出した。
ひとしきり笑ったからなのか、会話に熱が入りすぎているからなのか、ふたりとも少し汗をかいていた。
ジャージのズボンにしまっていたシャツを出して、ぱたぱたと空気を入れて、ひーひー言ってまだ笑っている。
植物の絵を描くべきスケッチブックはすでに砂利の上に放り出され、細かい砂利やらなにやらが初夏の強い風に舞って乗っかっているが、ふたりにはどうでもよかった。
「そしたらさ、おっぱいが、ふわん!ふわん!って揺れんだよー!俺始めて見たからさ、こーんなにやわらけぇーんだなってさ!
とにかくすごいんだよ!」
ジーマは頭の中で揺れるおっぱいを想像して、もわもわしていた。
「アーン、アーンって言うんだよ!」
ロンが声真似をする。
ジーマは想像に拍車がかかって、下半身が反応気味だったので、いきなりロンをぶったたき、
「やめろよ!きもちわるい!」
と言った。
ずっとくすくす笑っていたが、時間がやばいのでスケッチブックを拾い、ふたりとも絵を書き出した。
ロンはもうさっき書いてた花がどの花だったか分からなくなってしまい、黄色い花に続けて違う花を書いてしまっていたので、実に奇妙な花の絵になっていた。
「なぁクラスで一番でかいの、誰だと思う?」
どきっとするジーマ。
「はぇ!?」
「だからークラスで、一番でかいの、だれかな、おっぱい。」
聞きながらにやつくロンの手はまた止まってしまった。
ジーマは本当はこの質問に即答出来るのだが、しなかった。
クラスの女子をエロい目で見ていたなんて、恥ずかしくて言えない。しかもおっぱいが一番大きいのは、そう、星だ。絶対星だ。つーかかわいいし、もうだめだ。ちょっと好きかも。
みたいになっていた。
違和感がない程度に、努めて冷静にいるためには、絵を書き続けるしかなかった。
「どうかな。あやなとかかなぁ」
「あやなかぁ、でもさ館山も結構、ロケットじゃねぇ?」
ふふ、たしかに館山も大きいかも知れないが、絶対に一番は星だ。
この際、おっぱいの大きさはどうでもいい。
あぁ星ちゆぁぁぁん。
星のことを考えると、笑った顔や、ノートだか教科書だかを渡してくれた時の仕草を思い出す。
ぁぁ言いたい。
星の素晴らしさを言いたい。おっぱいのことも含めて。
「あやなもロケットだなぁ。何カップだろうな!」
「お前あやなに、何カップか聞いてこいよ!」
「ばか!そんなことできねーよ!」
「できるよ!お前なかいいじゃん」
「そう言う問題じゃないだろ!」
次の言葉を続けたのはロンだった。
「あ!星!星は!?星のおっぱいでけーよ!この間、あいつの名札斜め上向いてたぞ!おっぱいでかいから!」
「おっぱいで、名札が、斜めに、!!」
今日一番の笑いが巻き起こった。
同時に星の名前が出て、ジーマは嬉しいような恥ずかしいような、気分でもあった。
笑いながら、やっぱりかわいい星の話ができるのは嬉しいのかもしれないと思っていた。
「星な、この間さぁ。あいつさぁ、給食の当番だったんだよ。で、俺が並んでんじゃん。
そんでな、みんなには何にも言わないくせに、俺の時だけ、皿に盛ったおかず見せてきてさ、「もっといる?」って言うんだぞ!
適当にやれっつーんだよな!!
ほんと!しらねーっての。」
ジーマは思い出していた。
ロンには、いかにも「お節介なやつ、星!」みたいな論調で言ったが、ジーマにとってここ最近で一番の星との思い出ハイライトだった。
緊張しているジーマとは違い、すっとまっすぐ星はジーマの目を見て、ごく自然に言ったのだ。
「もっといる?」
詳しいことは覚えていないが、写真で撮ったように鮮明にジーマの頭の中に星のかわいい顔が焼きついていた。
そん時の2人の会話はこうだ。
「もっといる?」
「いや、あ、ん、いい。いいよ、それで。」
「でもあと3人だし、おかず残っちゃうから。」
「あ、そ。
じ、じゃ少し。」
「え?」
「すこし」
「なに?」
ここでジーマはもう、逃げ出したかった。
勇気を出して話たのだ。
話もしたことない星と会話しただけで感無量。
しかしジーマの声が小さくて、星には聞こえていない。
堂々と話ができたらいいのになぁって理想だけがあるせいで、出来ない自分が恥ずかしい。
だから「なに?」って言われた時は逃げ出したかった。
でも勇気を出して、
「す、すこし、すこし増やして!」
言った。会話成立。
星は言葉は返さず、真面目な顔のまま、様にすこしだけ、おかずを、ふやして渡してくれた。
ジーマの顔が熱くなっていた。頭皮が汗をかいているのがわかる。
喜びに打ち震え、星をチラ見しながらその日は給食を食べたのだった。