12月30日の朝、家族みんなそろって朝ごはんを食べていた。

最後のブロッコリーを食べていたとき、左に座っていたお父さんがしゃべりだした。

 

「今年の年末大掃除の担当を発表するよ!

おとうさんは風呂とトイレとテレビの部屋をやるから、おねえちゃんといちすけは

全部のガラスをふくんだよ。」

 

僕はまだ起きたばかりでぼんやりしていたし、

掃除なんか面倒だなーと思っていた。できれば今からでも二度寝したいぐらいだった。

今思えば例年のこの大掃除のために、いつもよりもはやくお父さんに起こされ

今、朝ごはんを食べていたのだった。

 

「台所はお母さんに任せるし、この部屋もおかあさんにやってもらったほうがいいね。」

 

お父さんはてきぱきとみんなに分担を説明している間に、

僕は最後のブロッコリーを食べ終えた。

お父さんの皿にはまだ少しおかずが残っているし、弟もねえちゃんもまだ食べているので、

僕はさっさと自分の皿を流しに片付けて、ソファーでごろりと横になった。

 

いつもなら朝ごはんを食べて、少しごろごろして、

飽きたら弟とねえちゃんとそとでそりをしたり、かまくらを作ったりして

遊ぶのだが、今日と明日だけはそういうわけにも行かない。

例年の年末大掃除は30日と大晦日にまで渡って行われる。

逃れることができないのは分かっている。

みんながごはんを食べ終わって、おとうさんが「よーしやるぞー」といえば

もう始まってしまう。

それまでのもう少しの時間をソファーでごろごろ過ごす作戦だった。

 

換気のため窓は全部開けられてしまう。

僕はこのままあったかいところにいたいのに。

 

今年はクリスマスまえに沢山雪が降って、道路はまだ白いままだし

表のいつもの遊び場にしている広場も雪のままだ。

最近は晴れが続いている。

雪の表面がなんかいも溶けたり凍ったりを繰り返して、氷のようになって

きらきらと光っていた。

 

足に当たる日光が暖かかった。

 

溶ける雪が、桜の木の枝をきらきらさせているのを見ていると

いつのまにかみんなごはんを食べ終えていて、

納戸の方からがらがら音がする。

どうやらおとうさんが掃除の準備をしているらしかった。

 

「ほら、やるぞ」

「うーん、お父さん、なにやるんだっけ」

「ガラスを拭くんだよ。新聞紙で拭くときれいになるからね。

おねえちゃんとやるんだよ。」

 

おねえちゃんもめんどくさいのか眠いのか不機嫌そうに

雑巾やバケツを準備していた。

 

案の定、お父さんは窓という窓を全部開けだした。

窓を開けなければ、いい天気で、太陽が雪を溶かしているし

あったかそうだったのに、やっぱり寒い。

 

お風呂場でおねえちゃんとバケツにお湯をためてテレビの

部屋に持ってきた。

お湯があったかくて、気持ちいい。寒いのでこのまま手を突っ込んでいたい

と思ったが、そういうわけにもいかない。

 

おねえちゃんと僕は、片手に絞った雑巾をもう片手に古新聞をもって

ガラスを磨きだした。

「新聞紙で拭くといいってねぇ。そんなものでキレイになるのかなぁ。」

半信半疑だったが、実際にガラスは雑巾だけで拭くより綺麗になった。

「おねえちゃん見て!ここすごい!きれいになった!」

「おねえちゃんの方もすごいよ!」

 

こういう時の僕たち兄弟は、徹底的にやってしまう方で、

少しの曇りもなくなるように一生懸命拭いた。

体を動かすとさっきまで寒かったのが嘘のように、

背中があっつくなってくる。

僕は上着を脱いで、一生懸命ガラスを拭き続けた。

 

午前中でほとんどの窓のガラスを拭いた。

お父さんもお母さんも弟もそれぞれの場所を片付けて掃除をしていた。

お母さんはキャビネットの中の書類をすべて床に広げて、

「これはいらない。これはまだとっておこう。

あら、こんなとこにあったの!?」と独り言を言っていた。

 

昼ご飯は、パンを食べた。

「できるだけお皿は少なくしてね!まだ台所の掃除も終わってないんだから!」

とお母さんが言った。

 

お父さんは、遅れて二階から降りてきた。

昼ご飯の時は、窓を閉めていたのだが、

「おーガラスがきれいになったね!きれいになりすぎて

窓があいているのかと思ったよ。」といった。

おねえちゃんと僕は、きゃいきゃいと喜んだ。

 

結局、弟もいたしおねえちゃんもいたので楽しく掃除をした。

遊びながら頑張って掃除をした。

 

午後は和室と仏壇の掃除をした。

 

お父さんは、なぜかいつもこの仏壇の掃除を僕にさせたがった。

お盆の時もいつも仏壇の掃除は僕の役割だった。

「長男だからね」

とお父さんは言ったことがあったが、意味はよく分からなかった。

 

仏壇はこまごまといろんなものが残っていて、ふくのも大変だったので

嫌だったけど、仏様がいたり、あったこともないおじいちゃんの写真があったり

して、なんとなく怠けちゃいけない気がしていた。

 

そうやって、翌日の大晦日の昼過ぎまで続いた年末の大掃除が終わった。

お母さんは夜ご飯の準備に取り掛かっている。

どたばたと大きな家具を動かしたり掃除機をかける音がしていた分だけ

静かになって、台所からお母さんの包丁の音が聞こえてくる。

僕とおねえちゃんと弟は、掃除の疲れもあったが、遊びながら

やったのでその分も疲れて交わす言葉も少なくなっていたが、

なんとなく達成感を感じていた。

 

「あ、そうだ!」

おねえちゃんが新聞を開いて指をさした。

「紅白の順番だよ!」

「え!紅白何時から?あ、あともうちょっとで始まるね。」

「誰をみようかな。」

 

当時まだ、インターネットというものはなくて流行りの音楽

というのはテレビでしか聞けなかった。

好きな歌手が好きな歌を歌ってくれるときは、嬉しかったし

集中して聞いていた。

 

「お風呂が沸いたからみんな入っちゃいなさい。」

お母さんが料理の合間に言いに来た。

「掃除でみんな服にホコリが付いているからね。

お風呂から出たら着替えてね。ちゃんと体を洗ってね。」

 

お風呂から上がった時に、部屋も体も洋服も全部きれいに

なっているのがうれしくて大晦日のお風呂は好きだった。

それにお風呂からあがると食卓テーブルいっぱいにごちそうが

ならんでいて、兄弟みんなで盛り上がった。

 

僕は頭の中で、どれを食べようか考えていた。

ご馳走は沢山あるので、優先順位をつけて食べないと

好きなものを食べられなくなってしまう。

 

刺身はイカはおいといて、やっぱりマグロとヒラメかな。

にしめはこんにゃくと鶏肉とさつまいもはすきだけど野菜はいいや。

茶碗蒸しは、大きい器のがいいな。

 

そとで車の扉がばたんと閉まる音がした。

お父さんがいつのまにか出かけていたみたいだ。

少し遅れて玄関の扉ががらがらとあく音がして、

寒そうにお父さんが入ってきた。

「ただいま。外はマイナス3度だよ。道路も凍っちゃった。つるつるだ。」

 

「おかえりー!どこいってたの?なにか買ってきたの!?」

 

お父さんは、曇ったメガネを拭きながら、ニットの帽子をはずしている。

僕たち兄弟は、お父さんの周りに群がった。

お父さんから寒い空気と外の匂いが漂ってきた。

 

お父さんの手からビニール袋を取って中を見ると、グレープジュースと

りんごジュースだった。

お父さんとお母さんは、喉が渇いたら水を飲めばいいという考えの人だったが、

お祝いがあるときだけ、近所の酒屋さんで買ってくる紙パックに入った

果汁100パーセントのジュースだった。

それといつもと違うがらのビールが入っていたがそっちはどうでもよかった。

 

「ジュースだー!ジュースだー!」

 

口々にジュースの登場を喜び合った。

 

「お母さんに渡して冷蔵庫に入れてもらってね。」とおとうさんが言った。

 

「さああなたたち、お皿を出してね。あぁ、お父さん帰ってきたのにね。

よかった。そろそろできるだからね。みんなで並べるんだよ。」背後から

お母さんの声がした。

僕たちは銘々に必要そうな皿とか醤油とかを出した。

実にてきぱきとしたものだった。うきうきして実にたのしかった。

掃除した照明のせいなのか、お部屋がきれいになったせいなのか

いつもより家の中が明るい気がした。

 

こういう日は、みんなのぶんの脚付のグラスを出す。

箱に入っていて、誕生日とか特別な日に使うお揃いのグラス。

それをみんなの席の右側に順にならべて食卓はほぼ完成した。

テレビは今年最後の笑点が終わったところだった。

「来年もよろしくおねがいしまーす。」という声。

 

「さ、みんな座ってちょうだい。おとうさん二階にいるはずだから

呼んできてね。茶碗蒸しはあと二つあるからね。一気に全部は

蒸せないの。ちょっと待ってね。

あ、カニがあるからね。」

 

「え!カニが!あるの!かにかに!」

 

僕はご馳走を眺めながら飛び跳ねた。笑点を見ていたおねえちゃんが

司会者の最後のかけごえを聞いてテレビを消してこちらへやってきた。

「え!かにがあるの!?やったー!」

 

「かにあるよ。毛蟹があるからね。

さ、お父さんを呼んできてちょうだい。」

 

僕の目はごちそうに釘付けだった。この場を離れたくないぐらいだったが

おとうさんが来ないとごちそうが食べれないので

しょうがなく階段の方へ歩いて行った。

寒い階段室から二階の方に向かって

「おとうさーん!ごはんだよ!かにもあるってよ!」

と叫んだ。

かすかにおとうさんが「はーい」

という声が聞こえた。

僕は寒かったのと、はやくご飯が食べたいのとで走って食卓へ向かった。

 

おとうさんも食卓について、脚付のグラスにみんなジュースを注いだ。

おとうさんはビールで、ビールを注ぐのはいつもおとうさんの右隣に

座っている僕だった。

ビールは適当に注ぐと泡だらけになってしまう。よくわからないが、

泡だらけにならないようにゆっくり注いであげた。

 

みんなそろってグラスに飲み物が入ったところで、おとうさんが言う

「はい、そろったね。じゃあ、かんぱーい!」

大晦日のごちそうの時は、「頂きます」ではなくて「乾杯」なのが

おもしろかった。

 

僕はグレープジュースを少し飲んで、早速刺身を食べた。

その後一生懸命食べるので熱くなってきて服を脱いで、

お腹がいっぱいになっても沢山食べた。

全部美味しかった。

かにも一年でこの日しか食べない。ほじくって食べた。

 

おとうさんは、一年をふりかえってしみじみとビールを飲んでいるが

僕ら兄弟はごちそうの取合いなのでそんな余裕はなかった。

そんな僕たちを見てお父さんもお母さんも笑っていた。

お父さんは少しの刺身とにしめでビールをのんで、途中から隠していた

ワインを飲んでいた。

おかあさんはずっと台所と食卓を行ったり来たりしながら、みんなの

世話を焼いた。

おかあさんはいつもそんな感じだ。

だが、家族のなかで一番かにが好きなのはお母さんなので、

みんながとどこりなくごはんを食べ勧めているのを確認してから

ゆっくりと集中してカニを食べていた・

「カニを食べるとしずかになっちゃうね!」と言って笑っていた。

 

赤飯もおかわりして、お腹いっぱい。

時計を見るともう紅白が始まっている時間だった。

 

「おねえちゃん、紅白始まってるよ!」

「ほんとだ!急がないと。」

 

僕は最後にかまぼこをひときれだけ食べて、食器を片付けた。

 

おねえちゃんとテレビのまえに走り、苦しくなったお腹を

休めながら紅白を見た。

好きな歌手が派手なステージで歌う。

司会の人のひとことひとことが落ち着いていて年末を感じる。

 

弟もやってきたが、やっぱりみんな苦しいので、横になりながら

テレビを見た。

火照った顔を、少しひんやりした綿のソファーカバーにあてると

気持ちよかった。

掃除をした後にお母さんがかけた洗ったばかりの綿のソファーカバーだ。

 

紅白はどんどん進んで中盤に差し掛かった頃、

おかあさんがお菓子を大きな皿に盛ってやってきた。

気づけばお腹も幾分楽になっていた。

 

このお菓子の大きな皿がまた好物ばかりで、お腹がいっぱいだとしても

食べないわけにはいかない。

大皿には、個包装のアーモンドチョコ、ポテトチップス、さきいか、ナッツ、

せんべい、かぶきあげが入っている。

その皿と別にみかんの皿がある。

甘いもの、しょっぱいもの、さっぱりするためのみかん、そして先ほどのジュース

とこれで永遠に食べれてしまう。

そして冷凍庫にはアイスがあるので、気分を変えたい時はアイスをはさんで

また新たな気持ちで食べ続けることができる。

 

ぼくらはこうやって食べ続け、紅白も終盤になった。

大皿のお菓子もおかわりをした。

 

紅白終盤の演歌はよく分からなかったが、おとうさんとおかあさんは

序盤の若い歌手よりは言いようで見ていた。

 

掃除の疲れも出て、眠くなってきたがまだ10時だった。

年越しまであと2時間。

今年は起きて年越しを迎えようと心に決めていたが、早く寝たい気持ちにも

なってきた。

 

「年越しの瞬間なにするー?」

おねえちゃんは「ジャンプして、地上にいなかったことにする!」

と言った。

なるほど。「年越しに地上にいなかった」とはまた斬新だなぁと関心したが、

友達から教えてもらったことらしかった。

 

いつのまにか弟は寝ていた。

 

僕は和室の方で本を読んだり遊んでいた時におとうさんの声がした。

「おーい、紅白もう終わるよ。次で最後の人だよ。」

「はーい」

 

テレビのへやに行くとおとうさんは誰に言うでもなく

「今年は北島三郎がおおとりかぁ。」

「おおとり?」

「うん。一番最後に歌う人をおおとりって言うんだよ。一個前の人をとりっていうんだ。」

「とり?あの鳥?」

「そうあの鳥。」

「なんで鳥なの?」

「わからないけどな。」

北島三郎という人は誰よりも派手なステージで、よくわからない僕でも迫力のある歌だった。

最後に、出演者がみんなステージに出てきて、紅組か白組か結果発表が行われた。僕は、実は好きな歌手が白組にいたので白組を応援していた。

結果は白組の優勝で、僕はなぜか少し嬉しかった。

蛍の光がみんなで歌われて、金のテープが中を舞い、紅白は終わった。

 

「行く年来る年」

ごーんという鐘の音で、「やっぱりこれよねぇ」とおかあさんが言う。

お父さんはなにも言わず静かに頷いていた。

次々に映し出されるお寺は別に面白くはなかったが、こんなに寒い中に外をであるいてお参りに行っている人が居るのが意外だったし、どこととなく別の世界のように感じられた。

あと10分で年明け。どうにか今年は起きて年を越せそうだ。

淡々とお寺の映像が流れていく。

「あぁ!あと一分だよ。一分!」

「あと30秒!」

「この時計あってる!?」

「5・4・3・2・1!」

「ほ!」

おねえちゃんは本当にジャンプしていた。ジャンプしただけなのにすごく楽しそうだった。

 

「年が明けたねぇ」

僕はよくわからないが、さっきが「去年」になって昔のものになってしまったことに違和感を感じていた。さっきもここにテレビはあって、みんないて、ソファーもあってみかんもあったけど、古いものになっちゃった。

さっきご馳走をたべたのも去年になっちゃった。

 

テレビは引き続き行く年来る年をやっていた。

それも終わってチャンネルを帰ると、一転してお祭りムード。紅白とも違う、きらびやかなステージで歌手が歌っていた。

お父さんもおかあさんも、僕もおねえちゃんももう寝てしまっている弟も疲れて、もう寝ることにした。

一年に一度の特別な日はもったいないけど、いつもならもう寝ている時間。

貴重なパーティーはまた来年。

その前に春があって、夏もあって全部の季節に楽しみにしていることもある。

起きて明日になればお雑煮も食べれるし、お年玉ももらえるはずだし、楽しみはいっぱいあるけど、それでも年越しは別格。

来年もこうやって過ごせるといいと僕は思って寝た。