NewSPaper❤️湯ったり銀色飛行船

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晴れ時々作家のよもやま冒険記。誰も知らないようなこっそり雑談をヒントに、歴史や人間関係や錬金術を語ります。事件の真相も独自の目線で斬ります❤️

 

最近AI生成多いので、たまに普段の顔出すと新鮮に見えるくらい

本物はこうして

元気でやってますよ~

 

女子会でお祝いしてもらいました(⌒∇⌒)

 

そして28日

 

良いこと続くなあと思ってたのに

故郷の大地震

 

10年前にデビュー作を書いていた時におきた大地震は

実家の近くの熊本城が震源地と言われ

それはそれは驚き、印税を送り、復興ソングを作り故郷でコンサートに参加、

たくさん支援をした

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けれど、中には復興が進むと

もうそんな恩はなく、仇で返してくる連中もいたし

諍いを起こしては、注意した人をなぶるように

SNSで嘘の流布や誹謗中傷の拡散をする連中もいた

 

作家として3年経った頃、2019年は特にひどかった

今からもう7年も前なんだけど

復興から3年の熊本県人たちの

後ろ足で砂をかけるような態度があった

 

熊本の怖い話を復興1年目の4月25日に創刊でき、

それを熊本での高校の同窓会に置かせてもらうようにしてもらえたが

そのときがあの木原さんが買ってくれた写真になってる

 

東京の高校同窓会はけんもほろろ

共に盛り上げていく気配もなかった

熊本出身なだけで、東京に住んでしまうと

単に相手の批判や非難しかしない連中。

そんなとき

助けてくれたのは、名古屋の高校同窓会。

村上水軍の歴史保存会会長の、末裔村上氏だった。

まだ3年目駆け出しの私にいつもエールをくれた。

そんな温かい熊本の人間も知る。

そして2年前に亡くなられた。

 

さらに、復興関係の関係者も、ある程度復興できたら

もう関係ないよという態度の人間もたくさんいた。

 

喉元過ぎれば熱さを忘れる

そういう言葉もあるが

誠意を尽くしたあとに、友情すら残さず去る人間もたくさん見てきた

 

色々考えると

二度と暮らすことはない故郷。

母を昨年こちら関東に呼び寄せて暮らしていたけど

それは私特有の虫の知らせ

何が何でも、熊本に1人でおらせられん

その思いが強かった

 

なぜそんな風に必死で上京をさせたのか

今となるとわかる

熊本の人間がが好きではなくなっていたことと

熊本の気候や風土がもたらす

強い感情の起伏の多い人間に嫌気がさしていた

母もまた

そういう性格になっていた

 

自分はできるから、協調しなくても良いという感情が

その土地に蔓延している

 

庭に植えれば作物は大きく育ち

寒暖差に果物は甘く実り

自分の城で暮らすことができると

みんなで小さく育った作物を与え合って生き抜いてきた東北の人々とは

元々の気質が違う

 

助けてください

なんて

熊本の地震の時には出なかった

今も、食いしばって生きていく人々

 

しかしそれは、強さが仇になってしまう場合もある

 

私もそういう気質で育ち、自分がどれだけ強いのか自分を試したくて

誰の手も借りない、自分の力でやり遂げる

そういう気迫みたいなものは持ってる

 

自分の城や庭は、人とは違うし、努力して大きな収穫をした

なのに、なまけていた人に、なぜ施さなきゃいけないんだ

それが当たり前の感情だと思ってた

ありときりぎりすの話で

なんでありがきりぎりすに食料を渡したのか

未だに不明

 

そんな街に生まれついて、母もまたそうした感情で生き

同じような教育と環境で生きた人々は多いと思う。

 

ただ、旅や温泉会の参加者で、東北、関東在住の人々と過ごすうち

 

天災はどこにでもおとずれ

恩は恩で返そう

困っていたら、何かをしてあげよう

その感覚が身に着いた。

 

なんとも不思議な感覚があり

母を熊本の風土の中で人生を終わらせるより

関東で過ごし、その違いと、世界が色々あることを

知ってほしかった。

 

簡単な言葉にすると

熊本で過ごして終わりにしてほしくなかった

 

というところ

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朝からおはようと

母に言えることに幸せを感じる

世の中では、結果冷たい人間たちもいたが

そんな人たちは一過性、通り過ぎてしまえばいいし

忘れ去ればいいだけ。

 

家族とこうして最後まで一緒に過ごせることが

人生で最も幸せなんだと思う

 

熊本には台湾の半導体が入って

国家の政策の一環になる

この土地は豊かになると

意気揚々としていた人々

 

益城の土地はあんなにも、ほとんどの家が崩れるほどの地盤なのに

作られた巨大工場

インフラもモノレールまで作るというから驚いてた。

熊本は地下水がおいしいけれど

半導体は純水が必要で集まる

ただ、それが大地震がくれば、浮島のような熊本の土地はどうなるか

 

今回の地震では、地下水が揺れた為

砂交じりで濁り、それをくみ上げている水道も、直後は飲めるものではなかった

 

今はただ、前を向くしかないだろう

10年前ほどの熱はない

支援のその後を見てきたから

 

母のいる今の地域が

最後まで住む故郷に変わると思う。

 

ただ、助けてくれた熊本人や、イベントに集まってくれた人たちもいた

集めてくれた、熊本のカランセのママやパパ。

忘れない。

ママは昨年亡くなった。

 

いつも熱くエールをくれる人が早く亡くなる。

寂しいけれど、温かい心遣いは、今も胸に残ってる。

熊本全体を嫌うわけじゃない

 

ただ25日の10周年ライブには

熊本の関係者は

誰ひとり来なかった。

 

それが、答えだ

 

故郷に頼ることなく、たくさんのファンに来てもらえたことを喜んだ。

一つの指標を超えたわけである。

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そして1日はライブを行う

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タコパだったが、ステージで

あの衣装で歌った

観客はみな温かかった

そして、

メルはーさんからも素晴らしいお花をいただく

 

大阪から来られた小林さん

西日本の旅も来られるありがたい存在

 

 

 

 

 

ありがとう

共鳴してくれて

 

募金も集り、月末に24時間テレビに出す予定

 

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同じくメルはーランドで、こんなイベントもやるよ~