「実母なんやから、言えるって~!」
と言われる度に、わりとびっくりする。

「私なんか実母にガチャガチャ言うで~」
と言う人には、びっくりする以上のもやもやが残る。


実母でしょ?
親だよね?


あなた、どれだけ親しくても、目上の先生にそんな口きき方しないでしょ?


ここまで考えて、一気に悲しくなる。



うちの距離感は他人なのだなぁ、と。


見下げてくる人とは、距離を置いておきたいのだ。
そりゃめんどいし、しんどいけどさ


「絶対にやりたくないねん!」って演説するのもされるのもいややし(「やりたくないねん!」って10分演説されたときはほんまにダルかった。ほんでなんやねん、俺のかわりにお前せぇやって言うんやったら、さっさと言えば?)、



「やりたくないよね~」って後ろの方でやりたくない派と足並み揃えるのも、空気読めない私からしたら、すごい難しい。
(特に「ちょうど良く足並みを揃えること」)



なので、私は、できると思ったときにできると思ったことを、やれるときに引き受ける派。

ださなあかん札やったら、さっさと出す。

このスタイルの人が揃った年代は、役員引き受けても楽しい。
今年はフォーカードやなーとか思う。



できるできひんは人によって違う。

でも、したくないよね!やめようよね!私は止めようっていってるからやらない、恩恵だけは受けるけど!って、人に押し付けるのも違うやろう。


私は引き受けてから提案する派。
大分変えたことある。
もちろん、変化のために工夫したし、プレゼンしたし、働いた。



変化しといてよ!って、投げんなや。


子どもが「学校の係、やりたくないねん~」って言ったとき、どういう後ろ姿を見せるつもりなん?



単なる愚痴で~す。

やろうと思ってやることは、なんなと楽しい。
少しでも普通の人に近づきたいと、

セルフイメージを変えようと努力したって、

自己愛を育てようとしたって、

毎日、お前に価値は無いよと態度で示され続けているのに、

ほんとに無駄な努力の極み。



せねばならない思考が強すぎるったって、

それをこなす以外私は無価値なのに、

(そうじゃない証拠を見たことがない)

(お前がさえいなければ私は不幸じゃない、と言われたことはしっかり覚えています)

その思考が間違っているとなれば、現状私は存在していてはいけないのです。

励まさないでください。

励ましは私を潰します。