手話の再開発

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申し遅れた、ブログの更新でござる。

って古語の振りして。

 

どうも。もはや6月になったものの、まだ一年の始まりのように感じる。

もしかし統合失調症ではないかと。真逆。

では本題へ。

手話。

 

先週友達と一緒に久々映画を観に。映画館ってやはり雰囲気違う!巨大な画像!

観た作品は、『ア・クワイエット・プレイス』「訳:音を立てら、即死」。

大好きなホラー。

字幕を通して談話が分かる手話を利用する一家である主人公達。

去年のセミナーを直ちに思い出した。

 

大学の冬休みに開催する一週間の短期間科目、いわば集中講座。

五日間毎日講義とクラス三つあり、朝から夜まで手話を勉強。

大変だったというまでもない割に非常に楽しく興味のある学問の故に深く印象残った。

 

あまりにも短くかつ稀に使えないものなりにすぐ記憶から消えてしまい、只今ほぼ全て忘れつつある。

容赦なく、気進まなくこの結末に。

だがこの映画観て改めて気合が炎上し

喋りたくなり、学びたくなり。

 

手話の大切さ、他人とコミュニケーションを取れることを思いがけ今後から心得たいと思う。

案外、私の体験に基づいて手話は語学にいかにも有益的であった。

だが私の場合、手話を覚えたのはたった一週間だった故に、少なくともその流暢が非常に減ってきた。手話を学んだ当時は面白いことに、日本語が上手くなったらしい。日本人と話した際にふと、なんか上達したねと言われてきたのに特に手話勉強以外は何も復習もしていなかった。

その時点でどうして日本語の言語力も軒並みに上がっているのだろうと考えてみたらあることを思いついた。

心理学的の説明によると、さぞサッスル言語学者の主張にあたるはず。

 

更に手話は勿論外国語自体も同様な効果を出すだろうと思い立った元に中国語・韓国語。フランス語にも力を入れ独学開始を決意。大学生ありながらお小遣いはある程度こそあれさ。その上で大学のわりには勉強が好きじゃないわ!またまた、

語学とものは個人的に、一通し徹底的に没頭し学問したいことよりも、

他の事主に勉強しがてら、一日数分のみ学びたいことで行いたい。

その文章自体は実行から鑑みたもの。現在・今は一級の文法を改めて並び実際に文章として使ってみようと思った訳。

しょっちゅう、もうこれ以上日本語を勉強しなくてもいい!と言われるものの、これで一喜一憂とも呼ばれるけれど、申し訳なながら繰り返す常套句「じょうとうく」ごとく、「初心を忘れるべからず」を貫きたい。

継続する一方、終えて満足ではいられずという完璧主義者に例えるわ。

 

粘り強く、没頭になり頑張る。

単語の範囲を広げるのに最も閲覧時間を増やしこうやって新たな語彙を実際に文章に加えることがベストかもしれない。

 

ひたすら言われる日本語上手の言葉の所為で勝手に期待もプライドも膨れ上がって敵わない。

頑張り屋であった故のお世辞は要らないわ。受け取らない。

自分に対して容赦なし

逆にこの能力も埋没しておく方が謙譲の塊ではないか。表に移るよりは。

本来はそうではないので心から敬慕する。

目配せ!で。チャラチャラな人やな。

 

少し手話の本題からずれたので戻りますーと、

手があればまた手話覚えたいなと思った(ひょっとして駄洒落?)。

オーストラリアもそうだし日本語の手話も。どんな面が似ていたり異なったりなど。

 

 

 

秋が去って冬に入り、

その移り変わりに伴い自分は風邪気味で止めどなく頻度高いくしゃみも寒気の象徴。

今時値段のため、苺より柿を食べることが多い。

果汁甘美味しくてたまらない。

 

また八日間後!