どんな人も、他者との交わりを通して、さまざまな人から物事を学ぶ。一見巨視的な見方になりがちなワンマンプレーにもたしかに意味もあるしかっこよさもある。
けどもず、他者と自分とが作る和の中にこそ、成長と繁栄の源泉があると、きのうばーちゃんとの深夜トークの中で気がついた。
どんな人も、他者との交わりを通して、さまざまな人から物事を学ぶ。一見巨視的な見方になりがちなワンマンプレーにもたしかに意味もあるしかっこよさもある。
けどもず、他者と自分とが作る和の中にこそ、成長と繁栄の源泉があると、きのうばーちゃんとの深夜トークの中で気がついた。
最近一番やりたいことはサークルを作ること。サークルやめてはや半年。やっぱ仲間がほしいです。
ふつうに夜ご飯食べたり、飲みに行ったり、たまに旅行いったり、そんなまったり系のサークルまじでつくっちゃおうかと思ってるきょうこのごろです☆
きっと いつも そうだった
本当に伝えたいことはオブラートにつつんで
どんなに理論で武装しても
けっきょく やらかいハートは暖かいまま
そういえば いつの日かこういう日がくると
うすうす気づいて 切なくて
でもそういう あいまいもこな 心のゆらぎが
好きだったりした
いつも変わらないとおもっているものほど
きづけば激変していたり
いつも遅いなとおもってるものほど
ふりかえれば急進したり
嫌いになったといえばいうほど
好きな部分を思い出したり
パラドックス メガフェップス
そういうふうな 逆転とかあるから
この世界はやめられないし
ラブもブラも
なかなか手放せない
なみだ いちご
とある事情で二年半使っていたサンヨーさんの冷蔵庫と先週さよならした。で、新しい冷蔵庫君との出会いを求めてY楽町の大写真機という電気店に足を運んだ。一人暮らし専用の冷蔵庫コーナーへむかうと、そこにはお手ごろでまあまあかわいい冷蔵庫君がいくつかならんでいた。「まあこんなもんか」とおもい、3万円台で買えるものに決めようとしていた、そのとき!私は出会ってしまった!ナショナルのNR-B162Rの水色モダン冷蔵庫くんに☆私はもともと形から入るほうで、雑貨屋さんめぐりとかは大好きで、よく自由が丘や原宿などのおされなショップでときめきを覚えることは多々あるのだが、まさか電気店でくらくらするような出会いがあるとはおもいおしていなかったため、まさに不意をつかれたかんじである。なんとしてでも、彼をおとしてみせるっ☆そのためにもグットウィルで短期バイトしよっと。
今月は15日の小説イントロ発表はお休みさせていただきました。
いいわけは、母とばーちゃんがとまりにきてバタバタしたからです。
昨夜、11pmくらいから地元フレンズとポンギのクラブというものに初参戦してきた。なんとなく、わくわくしながら、まずはエントランス。そこではまず、ボブサップ級のブラックのセキュリティーさんが仁王立ちしていた。んで、地下に向かう階段をおりて、いざフロアに乗り込んだら、もうそこは東横線の通勤特急ばりの満員状態。友達と人隙間をくぐりぬけ、とりあえずカシスソーダを無難に注文した。で、そこから五時間くらい、めくるめく世界でウラウラしていたわけなんだけど、なんか最終的な私の率直な六本木クラブに対する所見は
『クラブとは現実世界ではじけられない大人たちの用意されたアウトロー地帯』
である。なんか、昨夜のクラブは外人様たちが40%くらいのシェアだったし、かなりのりが良かったわけだが、そこにいる日本人どもはなんか、その外人様たちのノリと酒の力に便乗して悪ノリしてる感じ。みんな会社帰りのリーマンさん、リーウーマンさんたちばっかで、なんか「明らかにこいつキャラと違うことしてるっ」って感じの輩ばっかりだった。一見楽しそうにみえるけど、裏返してみれば「金曜日の夜にクラブに行くってことは、基本恋人いないフリーターさんばっかり」ってことであり、そう思いながら狂喜乱舞する大人達をみててると、どんなに飲んで歌って刹那的な楽しさに身をあずけても、結局残るのは、エンプティーさのみなんじゃないかって、そう思ったらなんかすんごく「きょうざめ」してしまった。
100人の見知らぬ人と踊れても1人の寄り添える人がいなければ、それはなんとなくさみしいなって。
午前5時、六本木のかえりみち日比谷線の電車に揺られ、しみじみそう思いながら、一番安らげる場所へイチゴは向かった。
九州のS県から関東進出し、はや2年半がすぎた。わたくしの学び舎は首都東京のとあるT町というビジネス街にある。そのため、はっきりいって街の雰囲気はお堅い感じがするのである。スーツという現代のヨロイに身をつつんだリーマンさんたちが日々”利潤追求”のために奔走されているのを目にする。
だから、はっきりいって学生街という雰囲気ではない。でもわたしはそんなリーマンさんたちに軽くやさしくするのがマイブームなのである。
昨日も、かえりエレベーターに乗るとき、たくさんリーマンさんたちが入ってきたので開くのボタンを押しっぱなしにしていた。で、リーマンさんたちがエスカレーターから降りられるときも開くのボタンを押していた。そしたら、おりられるリーマンさんたちがみなさんお礼をしてくださったのだった。
明らかに年下の私に頭を下げてお礼してくださるリーマンさんたちのお姿をみて、
「もっと私はリーマンさんたちに親切にしたい」
というpassionがわいてきた。
ともするとロンリーな都会生活だが、ひとに優しくする、ひとを思う、ひとのために何かしてあげてる、というそういう気配りが日常化すれば、たぶんきっと一人で街を歩いてもさみしくないはずである。
最近のはやりのホワイトバンドにみてもわかるように、結局人は「だれかのために何かをやってあげている」という状態が好きなんだと思う。ただ、本当にかっこいいのは、それを何の見返りも求めずに、むしろあえて人が気づかないとこで気配りをサラッとできちゃう人なんだとおもったりもしている。
文責 なみだ いちご