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あなたの機能は、罪に原因はあり得ないと兄弟に示すことである。
自分自身を、自分の機能であるものが存在し得ないことを立証する絵として見るとは、なんと虚しいことだろう。
聖霊の絵は、肉体を肉体以外のものに変えることはしない。
それはただ、非難のしるしと、非難されるべきもののしるしをすべて、肉体から取り去るだけである。
目的をもたないものとして描かれれば、それは病気でもあるとも健康であるとも知覚されず、悪しきものとも善きものとも知覚されない。
いかなる形であれ肉体を裁くことのできるような根拠は、まったく提供されていない。
それには生命もないが、死んでもいない。
それは愛や恐れの体験のすべてから離れたところに存在する。
なぜなら、今、それはまだ何も証言していないものとなり、その目的も未定であるから、心は再びそれを何のためのものとするかを自由に選択できるようになるからである。
もはやそれは有罪宣告を受けてはならず、目的を与えられ、やがて受け取ることになる機能を果たせるようになるのを待っている。
