今日で、JALからマクダネル・ダグラスMD-11が引退して10年になります。
JALでのMD-11デビューは1993年。足慣らしを兼ねた国内線の羽田-函館・鹿児島がファーストフライトでした。
それまで、B747ジャンボのサポート役でジャンボよりも若干小さい3発機・DC-10の後継機として、国内線のB777とともに、国際線でジャンボをサポートする役割を与えられた機種でした。
ところが、双発のB777が想定以上に国際線でも使える性能を得たことで、国際線もB777の長距離バージョン-200ERや-300ERが導入されることになり3発で経済性にも劣るというわけで、わずか10年少しという短い期間の活躍にとどまった、ある意味「悲運の機種」でした。
航空でも鉄道でも、あまり「葬式鉄」みたいなことをするのは良しとはしていなかったのですが、このMD-11だけは別。
基本的には国際線に入る飛行機だったので、数少ない関西-福岡便で何度か狙って乗ってはいました。
ラストフライトが香港→成田と決まり、その搭乗ツアーをJMBツアーとJALツアーズが募集していたので、月刊エアラインで広告していたJALツアーズの方に参加しました。
2004/10/10:
・昼頃、成田空港集合。
・成田空港内にあるエンジン工場:見学、MD-11元運行クルーによるトークショー
・夜、JL739(B777-200ER)で香港へ、ホテル日航香港泊
2004/10/11:
・午前中はツアーに含まれる観光・免税店回り
・午後から自由行動→オープンバスによる女人街などのツアー
2004/10/12:
・現地時間7時、JALツアーズ組は食事も取らずにホテル発、香港国際空港へ
と、本来の目的までの前振りがあまりに長いものでした。
現地時間で8時前には空港に入ってチェックイン・出国後、ターミナルビルメイン部からはるかに先の46番ゲート前へ。既に「榮休儀式」…出発セレモニーの準備が整っています。


田へのラストフライト・JL730の機材は、最後までJALに残り唯一アークカラーへの塗替えも行われた、JA8582。
旧鶴丸塗装でデビューした時の「J Bird」では、タンチョウ(丹頂鶴)が描かれていた機体です。

ゲート前での「榮休儀式」は、挨拶などの後にJL730の運行・客室乗務員と乗客代表への花束贈呈。

離陸後、巡航にかかったあたりでのエコノミーの機内。食事の前です。

この時点では上空もよく晴れていました。
MD-11の萌えポイントである、ドアの円い偏光窓から見える主翼先のウイングレット。
三発エンジンとウイングレットの組み合わせは最強だよねっ!
(元ネタ:宮倉まな)

同じことを考える人が。



安全のしおり

お約束の「ボンベイ・サファイア スカイタイム割り」のあとは機内食。


食後、今回の搭乗証明書が配られました。

到着した成田は雨に煙っていました。
沖止めではなくボーディングブリッジからの降機ということもあって、機の前で撮影もできず半ば追われるように降機。

この後、MD-11・JA8582は格納庫に回送され、そこでJAL社員限定のお別れ式典が行われたようです。
このツアーとラストフライトの様子は、以前はJAL公式サイトの「JAL TV」にありましたが、今は削除されたようなので、YouTubeに上がっていたものをリンクしておきます。
Farewell to the MD-11 "J-Bird" - Japan Air Line