この記事を読んで、色んな記憶が蘇ると共に、

なんだか切なくて思わず考え込んでしまいました。

<難病幼児殺害未遂>裁判長「一人で悩まないで」

http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201706/20170601_13013.html

 

この方のやった行動は確かに良くないかもしれない。

 

でもそれ以上に、苦しさは違うかもしれないけれど

このお母さんの気持ちがほんの少し分かる気がして。

 

私は実際に自分の子供を亡くしたわけではないので

その耐え難い苦しみも、恐らく一生残るであろう

深い悲しみを抱えている上に、もう一人、我が子が同じ病気を

発症した時の絶望感などは、全く同じようには分かりませんが、

それがいかに重く苦しいものであるかは

想像することはできます。

 

で、自分の事をふと振り返った時、私は娘が発症したとき

特に支援は受けなかったけれど、もし支援を受けるとしたら

どんな支援を受けたかったかなあ、と思ったのです。

 

そもそも支援って言葉はとても幅広くて

自分がどんな時に支援を受ければいいのか分からず、

相談しようにも、結局のところはどんなに泣き言を

言ったって何も解決するわけでもないし

(子供が治るわけでもないし、という意味)、

子供を見てもらうといっても

子供がまだ小さかったから、血糖値の測定やらインスリンの事やら、結局は私が管理しなくてはならなかっただろうし、

 

そんなこんなで「助けて」と言いたいけれど

情けないかな

「どう助けてほしいのか」

自分自身がよくわかっていなくて、自分の中で

上手く言葉に出来ない「何か」がどんどん

溜まっていったように思います。

 

それ以前に、突然やってきた様々な事を

すぐには受け入れられなかったし、

どんなに頑張ろうと思っても、

自分がしっかりしなくちゃと頭では分かっていても、

気が緩むと出てくるのは涙だけだったし

何が何やら自分でも混乱状態。

 

やらなくてはならないこと、

早く慣れなくてはならないこと、

何も分からなかったから余裕なんて

一ミリもなくて、とにかく子供から目が離せなかったこと、

夜が怖かったこと(低血糖が怖くて)、

とにかく子供の前ではなるべく

涙を見せないようにしたこと、

(子供って、親が泣くとこちらが

謝りたくなるくらい心配するからね)

そんな事でとにかく必死だったように思います。

 

そんな過去の自分をふり返ったとき、

一番欲しかったのが

「思い切り泣き続けられる環境」

だったな、と思ったのです。

 

私は、ですが。

 

結局のところ、子供が難病を抱えた時に

親ができる事は、それを受け入れる事しかないと

思うのです。

 

受け入れる事ができて初めて

スタートラインに立つ、みたいな。

 

その「受け入れる」事ができるようになるまで

かかる時間は人それぞれだと思うのですが、

私は2年位かかりました。

 

元々ウジウジなので(笑)。

 

少し前進してまた戻って、また進んで戻って、

そんな事を繰り返して少しずつ

諦め、そして受け入れ、今に至ります。

 

今もたまに落ち込む事も正直あるけどね。

 

そんな状態を誰かに話したくても

どう話していいか分からなかったし、

気を紛らわせようと、よく遊んでいた

お友達と遊んだりもしたけれど、

何もない健康な子供達がうらやまして、

更に悲しくなってしまい、

結局引きこもりがちにもなりました。

 

今はもうそんな事は(全くではないけれど)

ほとんどないけどねー。

 

で、今、色々思い出し、

色々自分なりにやってみたり

読んでみたり考えたりした結果、

自分の中で最終的に納得したのが

スピリチュアルな言葉の

「子供は自分の人生を自分で選んでくる」

というものと

ロゴセラピーという心理療法の

「あなたはその環境に選ばれた」

というような言葉(うる覚えですが)。

 

このロゴセラピーというのは

ちょっと変わっていて、でも自分の中の視点が

変わる気がします。

 

と言っても、私は本を1~2冊読んだ程度なのですがね。

 

話がズレましたが、とにかく「支援」って

難しいな、と思ったのです。

 

もし私だったら、

3年位の長期スパンで

親の精神的な支援をしてくれる所が

あればいいな、と思ったのです。

 

そこはとにかく毎日のように泣けて

少なくとも1年は丸々泣き言だらけでも

良いような環境。

 

人って不思議だけど

とことん泣いて泣いて泣いて

空っぽになると

何故か「しょうがない、頑張るか」って

思えるんだよね。

 

そんな事を思いつつ

今回判決の出たお母さんが

少しでも早く上を向ける日がくればいいなと

ふと思いました。