飲食店は星の数ほどあるそんな中、どうすれば飲食店事業で成功できるのか・・・?(個人経営ではなく事業展開を前提とした場合)311後の放射性物質問題マクドナルドの中国産鶏肉問題これだけ「食の安全性」の意識が高まってる訳だからもうメニュー内容とか価格とかで差別化する必要はないと思うんですよ。「食材全国産、全産地明記、食品添加物無添加、調味料や食器も国産」これだけでもう十分強力な付加価値になる。外食というのは「買い出しの手間・献立考える手間・作る手間・帰宅する手間・片付けの手間」などを全ておまかせ出来るかわりに「割高・食材に何が使われてるか解らない不安」が必ずついてくるものでした。ここ20年でジャンクフードは全盛期を迎え、外食のネックである「割高」が消えたので、残るは「食材に何が使われてるか解らない不安」な訳です。衛生と安全これを保証するなら、例え競合より「割高」だとしても消費者は選ぶんですよ。何故かって「小銭」と「健康」どちらが優先度高いかなんて、解りきったことだからです(笑)かつては食なんてのは安全で当たり前のものでした。農薬や除草剤がなかったので、農家が手間ひまをかけたのがが当たり前流通が不便だった為に、地産地消が当たり前食品添加物もなかったので、その日の内に食べるが当たり前しかし、テクノロジーの進化と共に「より多く、安く、早く、色々なものを、いつでもどこでも」手に入れる事が出来るようになったので、消費者のニーズにお応えし大量生産・大量消費の時代が始まりました。しかしその利便性には本当は「裏」がありました。便利にするほど、代償として「安全性」を犠牲にすることや「ないも同然な賃金で働かされる人々」が居ることに・・・・大衆は気づいていませんでした。例え気づいていても「便利なら仕方ない」と疑念にフタをしました。しかし、他人事だと思っていた「ないも同然な賃金で働きながら安全でない食事をする人物」が遂に自分自身となる番が回ってきてしまったので人々は「このままじゃいけない事」を自覚せざるをえなくなったのですね。大量生産・大量消費の行く末はそれを利用する人間(社会人)自身も大量生産・大量消費されるという結末でした。より便利に、快適になる為のテクノロジーだったはずなのにいつの間にか目的と手段が逆転してしまった・・・「利便性を保つ」為に「不快を共有」してるんですね。「気持ちよく生きたい」という主体がなくなったまま手段だけが空回りして、中身のない空洞をみんなで守ってる。今はカラッポの時代なんです。ワケがわからなくなった時は、いったん立ち止まればいいダンスでも車の運転でも、これは何にしても同じことです。ありがちなのですが「不便で貧乏な時代に戻ればいい」というのは違うと思うんです。利便性を追うなというのは、人の可能性を排除する思考だから・・・。より便利に快適になる手段を考え発明していくのは素晴らしいことで、それは自由意志ですから。ただ、テクノロジー(手段)とはあくまで「人々が安全安心に・楽しく・気持ちよく感じる」上に成り立つもの。目先の利益や利便性の為に、やがて自分達(主に子供達)の首を締めるようなテクノロジーは「社会の毒」にしかならない事を、いい加減認識する必要があります。「私達は、いったい何の為に働いて、物買って、生きてるのか?」人は「自分自身を楽しみ気持ちよく表現する為に」生きてるんです。気持ちよくなきゃ意味がない。当たり前の話しですよ。「気持ちよくなる為の手段が不快」なら本末転倒ですし不快な手段を守る為に気持ちを犠牲にするなんて、さらに本末転倒じゃないですか。おっと、随分話しが逸れました・・・(笑)飲食事業の話しに戻りますが「より多く、安く、早く、色々なものを、いつでもどこでも」という利便性への欲求が行き過ぎ停滞した経済の中、既存の業界で新規事業を展開していく為には経営者が「業界が行き詰まった根本原因に気づく」ことが必須です。「今のやり方はもうとっくに限界を迎えている」それを前提にしないと、ハナっから終わりの見えた祭りに参加する事になる。消費者のニーズは原点回帰を始めているんです。「安心」と「利便性」のバランスを見直し、「物や人の扱い」を見直す時期。資本主義社会の限界と人々の心が求めるもの新しい波はもう動き始めています。経営者は社会のこれからの動きを見据えた上で、その波にのっかれるようなシステムづくりをする必要があります。大きな古いシステムの終わりと、新しいシステムの始まり今の時代は荒波です!!!終わった波にのってるヒマはないのです♪
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